遊仙窟(読み)ユウセンクツ

デジタル大辞泉 「遊仙窟」の意味・読み・例文・類語

ゆうせんくつ〔イウセンクツ〕【遊仙窟】

中国代の小説。張鷟ちょうさくあざなは文成)著。主人公の張生が旅行中に神仙窟に迷い込み、仙女の崔十娘さいじゅうじょう王五嫂おうごそうの歓待を受け、歓楽一夜を過ごすという筋。四六文の美文でつづられている。中国では早く散逸したが、日本には奈良時代に伝来して、万葉集ほか江戸時代洒落本などにも影響を与えた。古写本に付された傍訓は国語資料として貴重。遊僊窟。

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精選版 日本国語大辞典 「遊仙窟」の意味・読み・例文・類語

ゆうせんくつイウセンクツ【遊仙窟】

  1. 中国の伝奇小説。唐の張鷟(文成)作。勅命で旅行中の張文成谷間仙界に至り、催十娘と王五嫂の二仙女に歓待を受けて一夜を共にした話。駢(べん)文を駆使したはなやかな文体で贈答詩が豊富。中国では早く散逸。日本には、八世紀初頭に伝来し、万葉歌人達に愛読されて、歌作に利用された。また、古写本に付された傍訓は国語資料としても貴重。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「遊仙窟」の意味・わかりやすい解説

遊仙窟
ゆうせんくつ

中国、初唐の小説。一巻。作者張鷟(ちょうさく)(生没年不詳)は7世紀末、8世紀初めの流行詩人で、字(あざな)は文成。寧州(ねいしゅう)襄楽県尉(じょうらくけんい)、鴻臚寺丞(こうろじじょう)、司門員外郎(しもんいんがいろう)などに任ぜられた人。物語は、作者が黄河上流の河源(軍)に使者となって行ったとき、神仙の岩窟(がんくつ)に迷い込み、仙女崔十娘(さいじゅうじょう)と兄嫁王五嫂(おうごそう)の二人の戦争未亡人に一夜の歓待を受け、翌朝名残(なごり)を惜しんで別れるという筋。文体は華麗な駢文(べんぶん)で、その間に84首の贈答を主とする詩を挿入し、恋の手管(てくだ)を語らせる。また会話には当時の口語が混じっている。本書は中国では早く散逸したが、日本には奈良時代に伝来し、『万葉集』に、天平(てんぴょう)年間(729~749)大伴家持(おおとものやかもち)が坂上大嬢(さかのうえのおおいらつめ)に贈った歌のなかにその影響があり、天平5年(733)の山上憶良(やまのうえのおくら)『沈痾自哀文(ちんあじあいのぶん)』などにも引用される。その他和漢朗詠集』『新撰(しんせん)朗詠集』『唐物語』『宝物集』などに引用され、江戸時代の滑稽(こっけい)本、洒落(しゃれ)本にも影響を与えた。

[内山知也]

『前野直彬他訳『幽明録・遊仙窟』(平凡社・東洋文庫)』

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百科事典マイペディア 「遊仙窟」の意味・わかりやすい解説

遊仙窟【ゆうせんくつ】

中国,初唐の伝奇小説。張【さく】(ちょうさく)〔660?-741?〕の作。作者が神仙の窟に迷い入り,五嫂(ごそう)と十娘(じゅうじょう)という仙女に会い,宴楽歓語し詩を唱和し,ついに十娘と結婚する。四六駢儷(べんれい)文で典故を多用,時に俗語を交える。中国では失われたが,日本に奈良時代の遣唐使が将来して残存していた。
→関連項目続浦島子伝記

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改訂新版 世界大百科事典 「遊仙窟」の意味・わかりやすい解説

遊仙窟 (ゆうせんくつ)
Yóu xiān kū

唐の初めに作られた短編小説。作者は張鷟(ちようさく)(660?-741?),字は文成。一人称で語られる遊里文学であるが,筋立ては主人公が旅の途中で深山の神仙郷に迷いこみ,2人の仙女と歓楽の一夜を過ごすという話。美文調の叙述文と,3人が応酬する軽妙洒脱な詩に特色がある。中国では早く失われたが,日本には作者の生存中に伝わって《万葉集》にも投影している。20世紀になって初めて中国に里帰りした。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「遊仙窟」の意味・わかりやすい解説

遊仙窟
ゆうせんくつ
You-xian-ku

中国,初唐の文語中編小説。張さく (ちょうさく。 660頃~740頃) の著。1巻。勅命を奉じて旅に出た張生が,神仙の窟に迷い込み,崔十娘という美女と歓楽の一夜を過す物語を張生の一人称で綴ったもの。六朝駢文 (べんぶん) の華麗な文体を基調とし,応酬される詩や対話には韻文を用い,さらに民間の俗語もまじえ,多彩な文体で書かれている。本書は中国で失われて日本にのみ伝わったいわゆる佚存書の一つで,日本では山上憶良の『沈痾自哀文』に引用されるなど古くから広く愛読され,多くの写本,刊本が 14世紀以降出されている。 20世紀に入って中国に逆輸入された。

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世界大百科事典(旧版)内の遊仙窟の言及

【荒木田麗】より

…また漢詩,国史をも兼修するかたわら,歴史小説等の創作を手がけた。代表作に三鏡(《大鏡》《増鏡》《水鏡》)の文体になぞらえた《月のゆくへ》,《増鏡》の続編ともいうべき《池の藻屑》,《遊仙窟》の翻案小説《藤の岩屋》等がある。同趣の《野中の清水》は,本居宣長の目に触れ,添削批評を加えられたが,反駁(はんばく)して屈服しなかった。…

【好色文学】より

…さらにその源流は,山奥の仙界に迷いこんだ青年が仙女と結ばれ,やがて俗界にもどったときには時間がいちじるしく経っていたという浦島太郎型の,六朝時代の仙境譚に求められるであろう。唐代小説の《遊仙窟》は,この種の仙境譚に北里の要素を加味したものである。しかし,唐代小説の多くは,才子佳人の悲歓離合を主題としていて,人間性の底にひそむ好色性については,まだ赤裸々には取り上げていない。…

※「遊仙窟」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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