薬物性腸炎

内科学 第10版 「薬物性腸炎」の解説

薬物性腸炎(腸炎)

(2)薬物性腸炎(drug induced enterocolitis)
 薬物性腸炎は主として抗菌薬の投与により大腸細菌叢の変化により引き起こされる抗生物質起因性腸炎と,薬物が直接大腸粘膜に傷害を与える場合がある.
a.抗生物質起因性腸炎
 抗菌薬投与中また投与後に発生する腸炎で,菌交代現象に伴う偽膜性腸炎と発生機序が解明されていない急性出血性腸炎に分類される.前者のおもな原因菌としてClostridium difficile菌が重要であり,内視鏡的に炎症のない抗菌薬関連下痢症の20%,炎症のある同下痢症の過半数,偽膜性腸炎のほとんどがこの菌によるとされている.なお,広義の偽膜性腸炎は形態学的に偽膜を有する腸の炎症症候群であり,抗菌薬以外の薬物(シタラビン,5-フルオロウラシルメトトレキサートなど),ウイルス感染,中毒,虚血,尿毒症,リンパ腫でもみられる.
ⅰ)偽膜性腸炎
 セフェム系抗菌薬,合成ペニシリン系,リンコマイシンクリンダマイシンなどの投与により菌交代現象が生じ,Clostridium difficile菌や黄色ブドウ球菌が増殖,産生された毒素により腸炎を起こす.抗菌薬投与後数日で下痢,腹痛腹部膨満,発熱で発症し,高齢者や術後および重篤な基礎疾患を有する者に好発し,軽症からショック症状を呈する重症例まである.血便はほとんどない.大腸内視鏡では,大きさ数mmの黄白色,円形の偽膜が散在してみられる.重症例では偽膜は癒合傾向を示し,不整形~地図状となる.診断は内視鏡的に偽膜を証明することに加え,便の嫌気性培養での菌の同定や便中毒素の測定にて行う.原因物質の投与中止で多くは軽快するが,バンコマイシン経口投与で治療期間が短縮される.原因物質中止後の遷延例には輸液を中心とした全身管理を,また中毒性巨大結腸症やショック,腸管穿孔,腹膜炎をきたした重症例には中心静脈栄養を行い腸管安静と全身状態の改善をはかる.
ⅱ)急性出血性腸炎
 わが国では偽膜性腸炎より圧倒的に多いが,最近は少なくなっている.合成ペニシリンがおもな起因薬物であるが,セフェム系そのほか種々の抗菌薬が誘因となり,投与後数日で水様性下痢,腹痛,血便で発症する.Klebsiella oxytocaやEscherichia coliが原因菌として注目されている.内視鏡では横行結腸を中心にびまん性の発赤,びらん,出血がみられ,直腸病変はまれである.原因薬物を中止し,急性腸炎の一般治療で速やかに改善する.
ⅲ)メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin resistant Staphylococcus aureus:MRSA)
腸炎
 高齢者や免疫能の低下した胃切除後の患者に第3世代セフェム系抗菌薬を使用すると発症することがある.主として小腸,右側結腸に病変が認められ,水様性下痢や発熱,腹部膨満を呈する.便培養で確認され,誘因となった抗生物質を中止しバンコマイシンの投与を行う.診断,治療の遅れにより敗血症から多臓器不全に至る.
b.その他の薬物による腸炎
 インドメタシン坐薬による直腸炎,メチルドパペニシラミン,5-フルオロウラシル,6-メルカプトプリン,ビンクリスチンによる腸炎が知られている.また,浣腸液が刺激となり直腸・S状結腸に炎症,潰瘍,狭窄をきたす場合や,大腸内視鏡の洗浄液,殺菌剤の影響による腸炎も報告されている.[峯 徹哉]
■文献
Cantey JR: Infections diarrhea. Pathogenesis and risk factors. Am J Med, 28: 65-75, 1985.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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