蘇兆徴(読み)そちょうちょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「蘇兆徴」の意味・わかりやすい解説

蘇兆徴
そちょうちょう / スーチャオチョン
(1885―1929)

中国労働運動の指導者で共産党員広東(カントン)省に生まれて海員となり、中華海員工業連合総会を組織、1922年の香港(ホンコン)海員ストライキや、1925年から1年余にわたった省港(香港・広州ゼネストを指導した。国共合作期には武漢政府委員、国民党農工部長などで活躍、国共分裂後は広州コミューンが樹立された際モスクワ在住のまま主席に推された。その後、モスクワでコミンテルンプロフィンテルン執行委員を務めたが病没した。

[古厩忠夫]

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改訂新版 世界大百科事典 「蘇兆徴」の意味・わかりやすい解説

蘇兆徴 (そちょうちょう)
Sū Zhào zhēng
生没年:1885-1929

中国の革命家。広東省香山県(現,中山県)の人。貧農の家に生まれ,香港に出て船員となる。1908年(光緒34)に同盟会に入会,船員の組織化に努め,のち香港の海員ストライキ,省港ストライキで活躍した。25年春,中国共産党に入党,27年,武漢国民政府では労工部長の要職についた。国共分裂後,八・七会議で臨時中央政治局に入り,ソ連に赴いたが,帰国後に病没した。広州コミューンに不参加のまま広州工農民主政府の主席に擬せられたのは彼の大衆的威信をよく示していよう。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「蘇兆徴」の意味・わかりやすい解説

蘇兆徴
そちょうちょう
Su Zhao-zheng

[生]光緒11(1885).広東,香山
[没]1929.2.25. 上海
中国の政治家。 1922年ホンコンにおける海員ストを指揮する。 25年共産党に入党し,国共合作下の国民党に入って活動,国民党共産派の重鎮となった。 27年武漢市政府委員,国民党労工部長となるが,国共分裂で失脚。同年末の広東コミューンに際し,広東ソビエト政府主席になった。 28年コミンテルン執行委員,プロフィンテルン執行委員に選ばれ,翌年帰国後病没。

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世界大百科事典(旧版)内の蘇兆徴の言及

【広州コミューン】より

…葉挺らの指導のもとに,12月11日早朝,2000余の武装労働者の隊伍が広州全市を制圧してソビエト政府を樹立した。主席には香港海員スト(省港ストライキ)以来の輝ける指導者蘇兆徴が選ばれ(在モスクワ),実質的に計画をすすめた中共広東省委責任者の張太雷(1898‐1927)が代行した。〈すべての権力をソビエトへ〉〈反革命の国民党打倒〉〈大工業・銀行等の国有〉〈土地国有〉等の綱領をかかげて3日間もちこたえたが,列強に支援されて体勢をたてなおした張発奎らの国民党軍に市民をふくめて数千名の犠牲をだして敗北した。…

【省港ストライキ】より

…1925年6月から翌年10月まで中国の広東省城(広州)と英領香港でおこった反帝ストライキ。上海での五・三〇事件に抗議して香港,広州の労働者は罷工委員会(蘇兆徴委員長)を結成して闘った。広州国民政府は香港を経済封鎖するなど,ストを支援したが,北伐とともにストは終息した。…

※「蘇兆徴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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