内科学 第10版 「血液疾患に伴う感染症」の解説
血液疾患に伴う感染症(造血器腫瘍治療とその補助療法)
a.皮膚・粘膜傷害に伴う感染症
造血器腫瘍の治療は,血管内にカテーテルを留置して実施する.したがって正常な皮膚という強力な感染防御機構を破綻させるカテーテルを経由して血管内に微生物が侵入する(図14-7-6).また,大量の抗癌薬や放射線照射は粘膜傷害をきたし,感染ルートとなりうる.カテーテル挿入時の厳格な無菌操作ならびに予防策,口腔・外陰部の清潔を保つために含嗽,清拭を行う.発熱し感染症が疑われる場合は,血管ルートであればGram陽性菌(黄色ブドウ球菌,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌)を対象に広域ペニシリン系薬を,メチシリン耐性菌が疑われる場合はグリコペプチド系薬を,下痢を伴う腸管粘膜傷害であれば,Gram陰性桿菌を想定した抗菌薬(ピペラシリン/タゾバクタムなど)を開始し,起因菌が分離されれば,感受性に応じて薬剤を変更する.
b.発熱性好中球減少症(febrile neutropenia:FN)(日本臨床腫瘍学会,2012)
好中球は,体内に侵入した微生物を貪食・殺菌する感染防御を担う重要な血球である.造血器腫瘍の経過中に好中球が減少し発熱をきたすことはまれでない.好中球数が≦1000/μLで発熱する機会が増加し,≦500/μLでは発熱・感染症の発症リスクがさらに上昇し,≦100/μLが1週間以上続く例では必発である.重篤な肺炎や敗血症のため死に至ることもまれでなく,起因菌の同定を待たずに緊急事態として抗菌薬治療を開始する(経験的治療).
ⅰ)定義
FNの定義は腋窩温37.5℃(口腔内温38.0℃)以上の発熱+好中球減少≦500/μLまたは1000/μL以下で500/μL以下になる可能性のある状態で薬剤熱や腫瘍熱を除外できる場合をいう.
ⅱ)マネジメント
外陰・肛門部を含む全身の診察とともに血算,生化学検査,胸部X線写真,血液培養2セット,感染が疑われる部位の微生物学的検査を行う.中心静脈カテーテル(central venous catheter:CVC)が挿入されている場合は,CVCより1セット,末梢の静脈から1セットの血液培養を実施し,CVCからの血液が2時間以上早く培養陽性になった場合は,カテーテル感染を強く疑い,原則カテーテルを抜去する.
FNには,重篤な感染症に移行する可能性の少ない低リスク群とその可能性の高い高リスク群がある.全身状態がよく,咳,下痢などの臓器症状がなく,好中球数が数日で回復する見込みのある例では,経口抗菌薬(抗緑膿菌作用のあるフルオロキノロン±アモキシシリン/クラブラン酸)で対応可能である.一方,急性白血病の寛解導入療法のように骨髄機能回復に時間を要し,抗白血病薬による粘膜傷害やバイタルサインが不安定な重篤な感染症に移行する可能性のある高リスク群では,第4世代セファロスポリンやカルバペネム系抗菌薬を静脈内投与を最初から実施する.3~5日後に効果判定を行い,発熱が続く場合は抗菌薬の変更や追加を行う.長期にわたって好中球減少が続く場合は,深在性真菌症を考慮して抗真菌薬(アゾール系,キャンディン系薬剤)を使用する.
ⅲ)予防的感染対策
標準感染予防策を順守するのはもちろんであるが,急性白血病や造血幹細胞移植例のように好中球が≦500/μLが1週間以上にわたり持続する例では,無菌室での管理,予防的に経口抗菌薬(フルオロキノロン),抗真菌薬(アゾール系あるいはキャンディン系薬剤)を使用することもすすめられる.
ⅳ)顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor:G-CSF)
G-CSFは,好中球減少時に使用する.最も効果的な使用法は,重篤な好中球減少が長期間持続することが予測される際に,化学療法施行後好中球が下がり切ってしまう(ナディアまたは最低値)前に開始することで,減少の程度の軽減と期間の短縮が得られる.ただし,化学療法との同時使用は造血抑制を助長するので禁忌であり,化学療法施行後少なくとも24時間以上あけてG-CSFを投与する.また好中球数が数日で回復する見込みのある例では,G-CSFは原則使用されない.
c.免疫不全に伴う感染症対策
同種造血幹細胞移植例,コルチコステロイドや免疫抑制薬,プリンアナログ使用例は,ヘルペスウイルスならびに真菌による感染発症のリスクが高い.カンジダにはアゾール系薬,ニューモシスチス肺炎にはST合剤,造血幹細胞移植後30日以内の単純ヘルペスウイルス再活性化にはアシクロビルが予防的に使用される.また,リンパ系腫瘍,脾臓摘出例には肺炎球菌ワクチンが適応となる.[田村和夫]
■文献
Coiffier B, Altman A, et al: Guidelines for the management of pediatric and adult tumor lysis syndrome: an evidence-based review. J Clin Oncol, 26: 2767-2778, 2008.
日本癌治療学会編:制吐薬適正使用ガイドライン,第1版,金原出版,東京,
2010.日本臨床腫瘍学会編:発熱性好中球減少症(FN)診療ガイドライン,南江堂,東京,2012.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報