改訂新版 世界大百科事典 「血縁淘汰」の意味・わかりやすい解説
血縁淘汰 (けつえんとうた)
kin selection
個体のある形質が,祖先が同じで同じ遺伝子を分けもつ子ども以外の近親の生存と繁殖に対して,有利または不利に作用するとき,こうした形質に働く淘汰を血縁淘汰といい,血縁選択ともいう。社会生物学の基本的概念の一つ。
社会性昆虫には,ワーカー(働きバチ,働きアリ)と呼ばれる自分は子を産まずに弟妹の世話をする個体がいる。こういう利他的行動を発現させる遺伝子がどうして子孫に伝わったかはC.ダーウィン以来のなぞであったが,1964年ハミルトンW.D.Hamiltonは,ワーカーの行為によってワーカーと同じ遺伝子を一部父母からもらっている弟妹がよく生存し,たくさんの子を残すなら,ワーカーの遺伝子も近親者というバイパスを通じて子孫に伝わることを明らかにした。このようなバイパスを通じての淘汰が血縁淘汰である。
生物進化論では,ある形質をもつ個体が成功した子をどれだけ残すかを適応度と呼び,これが対立形質の適応度より大きければその形質は集団中に増加する。これが進化である。利他的形質が進化するためには,近親(単数または複数)を助けるため自分が失う適応度(損失)でそれにより増えた近親者の適応度(利益)を除した値が血縁度relatedness(血縁係数でも可),すなわち利他者と受益者の平均遺伝子共有率の逆数より大きいことが必要だとされる。損失をC,利益をB,血縁度をrとすると,Br-C>0ならこの形質は進化する。これからB/C>1/rとなる。ここで,受益者は一卵性双生児でもないかぎり利他者の遺伝子を全部はもっていないので,遺伝子共有率をBに乗じたのである。たとえば両者が同父母兄弟ならrは0.5で,その2匹の子が遺伝子数では自分の1匹の子に相当する。そこでB/C>2なら利他的行動が進化する。血縁淘汰は社会性昆虫のワーカーばかりでなく,親のなわばりに残って弟妹の保育を手伝う鳥のヘルパー(弟妹に有利)や,肉食鳥などに見られる雛間の闘争による兄弟殺し(弟妹に不利)のような性質の進化にも作用していると考えられるが,その実態に関する精密な数量的研究はまだほとんど行われていない。
執筆者:伊藤 嘉昭
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報