みずからの利益を犠牲にして他の個体を助ける行動。利他行為ともいう。一般には,人間が他人の苦境にさいして労力的・経済的・精神的などの援助をする行為(利他主義)も含むが,社会生物学ないし行動生態学では特別な概念として用いられている。すなわち,自分の残す子孫の数が減るにもかかわらず,他個体の生存を助け,その子孫を増やしてやるような行為をいう。性的には雌であるのに自分は産卵せず,女王バチの生む子を養育し,身を犠牲にしても巣を防衛する働きバチの行動は典型的な利他的行動である。集団摂餌をしている動物の群れのなかに見張りがいて,天敵の近接を他個体に知らせるが,自分はその鳴声のため捕食されやすくなるならば,これも利他的行動である。しかし自分が逃げようとする動作が結果的に他個体にも捕食者の近接を知らせ,逃げやすくしている場合には,社会生物学では利他的行動とはいわない。
現代進化論では,特定の形質を発現する遺伝子をもつ個体が,それをもたぬものよりも多くの子孫を残すことにより,この形質が集団中に広まることを進化と定義している。したがって社会生物学でいう利他的行動がいかにして進化できたかは,長いあいだなぞであった。その説明の一つは血縁淘汰である。すなわち,利他的行動によって自分が残す子の数は減ってもそれによって自分と同じ遺伝子を一部分けもつ兄弟姉妹などの近親がたくさん子を残すなら,その子を通じて利他的行動にかかわる遺伝子も子孫に広がってゆく。この場合には,助けられる個体は利他者と血縁の濃い個体でなければならない。もう一つの説明は,いま他個体に奉仕することで将来そのお返しを受けるという期待(人間では心理的期待や社会的契約,動物では頻度が高いので遺伝に組みこまれた行動)のうえになされる利他的行動で,これを相互利他性reciprocal altruismと呼ぶ。鳥の群れにおける警戒の発声などはこの例ではないかと考えられている。
執筆者:伊藤 嘉昭
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… 社会性昆虫には,ワーカー(働きバチ,働きアリ)と呼ばれる自分は子を産まずに弟妹の世話をする個体がいる。こういう利他的行動を発現させる遺伝子がどうして子孫に伝わったかはC.ダーウィン以来のなぞであったが,1964年ハミルトンW.D.Hamiltonは,ワーカーの行為によってワーカーと同じ遺伝子を一部父母からもらっている弟妹がよく生存し,たくさんの子を残すなら,ワーカーの遺伝子も近親者というバイパスを通じて子孫に伝わることを明らかにした。このようなバイパスを通じての淘汰が血縁淘汰である。…
…ウサギが巣穴から,わざと違う方向に遠く逃げるのも仲間を守る意味で防衛行動に含まれよう。このような行動は,自分の身を捨てても同種の仲間を守る意味で利他的行動ともいわれる。
[闘争行動aggressive behavior]
動物が自分の所有する有利な特徴を用いて,不安の対象,あるいは敵対する相手に対して攻撃をしかけることで,捕食のための攻撃とは区別する。…
※「利他的行動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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