人間の非合理性に注目し、伝統的な経済学の論理では解明が難しかった事象を実証的に示した学問。従来の経済学が想定する「合理的な人間」ではなく、感情や環境などの要素が行動に影響を及ぼすとの考え方に基づく。ギャンブルで被った損失をギャンブルで回収しようとしたり、経済状況と株式相場がかけ離れた動きをしたりするといった事象を説明した。(ストックホルム共同)
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人間がかならずしも合理的には行動しないことに着目し、伝統的な経済学ではうまく説明できなかった社会現象や経済行動を、人間行動を観察することで実証的にとらえようとする新たな経済学。2002年に行動経済学者のダニエル・カーネマンがノーベル経済学賞を受賞して以来、脚光を浴びるようになった。カーネマンが心理学を修めたこともあって、経済モデルに人間の心理を組み込み、経済実験やアンケート調査などを駆使する特長がある。
従来の経済学(新古典派)は、合理的で、利己的で、金銭的利益を最大限追求しようとする「完全な個人」をモデルとして、精緻(せいち)な理論を構築してきた。しかし日本経済がバブル経済期に株式や土地投機に熱狂して大きな損失を被ったように、人々は合理的とはいえない行動をとるケースがままある。こうした非合理性な人間の行動に一定の法則性をみいだし、行動の癖や傾向を明らかにするのが行動経済学である。
たとえば、不確実性の高い状況では、人々の行動は直近の経験に左右されやすいという「プロスペクト理論」や、人間の満足度は時間の長さによって変化する「双曲割引理論」などを導入。こつこつと稼いだお金に比べ、思わぬことで手に入った「あぶく銭」は浪費する傾向があるなどとした「心理会計」などの概念も確立した。こうした行動心理学の理論や概念で、経済の基礎的な条件(ファンダメンタルズ)とはかけ離れて変動する株式相場、非自発的な失業の存在、多重債務者問題などさまざまな経済・社会現象をうまく説明できるようになった。
とくに、利得と損失の大きさが同じ場合、人間は得した喜びより、損した悲しみを避けるように行動する「損失回避の現象」をとるが、損失額があまりに大きいと、大きな反応を示さなくなることなどを実験的に証明。広く金融・証券市場で活用されている「行動ファイナンス理論」の基礎となっている。
日本では2004年(平成16)に大阪大学に行動経済学研究センターができるなど、心理学や人工知能の研究者らも加わって、行動経済学の研究が盛んになっている。非合理な人間の意思決定を脳科学の手法で解明しようとする「ニューロ・エコノミクス(神経経済学)」という学際領域にまで発展している。ただ行動経済学は伝統的経済学でうまく説明できなかった現象を指摘しながらさまざまな法則を積み上げている段階にあり、こうした法則を前提に体系的な経済理論を構築する段階には至っていない。
[矢野 武]
『多田洋介著『行動経済学入門』(2003・日本経済新聞社)』▽『友野典男著『行動経済学―経済は「感情」で動いている』(光文社新書)』
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