デジタル大辞泉
「認知心理学」の意味・読み・例文・類語
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にんち‐しんりがく【認知心理学】
- 〘 名詞 〙 ( [英語] cognitive psychology の訳語 ) 行動を外部から客観的に捉えようとする行動主義心理学に対して、知識獲得の過程など行動の内在的側面を重視して研究する心理学。
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にんちしんりがく
認知心理学
cognitive psychology
認知心理学は,知ること(知識を獲得すること),認識することにかかわる心理的過程を研究する学である。この心理的過程を情報処理information processing(人間の情報処理human information processing)ともいう。英語のcognitionは,知ること(知識を獲得すること),認識することの意味をもち,ラテン語のcog(ともに),noscere(知る)に由来する。
【研究の歴史】 学問の由来を明確にたどることは難しいが,注意,記憶,問題解決など,現在の認知心理学で扱われる対象は,cognitionという語が用いられる前から研究が行なわれていた。ジェームズJames,W.による注意(1890),エビングハウスEbbinghaus,H.による忘却曲線(1885),ケーラーKöhler,W.による問題解決(1925),バートレットBartlett,S.C.による想起における再構成(1932)の研究などを,例として挙げることができる。
こういった認知過程に関する研究は,行動主義心理学の隆盛のもとで一時後退したが,1950年代のコンピュータ科学,情報処理科学,人工知能研究の発達に触発され,知ることに関する心理的過程を情報処理過程として解明しようとする研究が再び行なわれるようになった。心を観察できないブラックボックスとするのではなく,情報がどのように入力され,変換され,保持され,検索されて使用されるかという情報処理の観点から,心の働きのメカニズムを解明しようとしたのである。ブロードベントBroadbent,D.によるフィルターモデル(選択的注意により,一部の情報のみがさらなる処理を受ける),ミラーMiller,G.A.,ギャランターGalanter,E.,プリブラムPribram,K.H.によるTOTE(test-operate-test-exit:刺激に対する反応が期待される反応と一致するかどうかを調べ,不一致があれば,それを低減する操作を不一致がなくなるまで繰り返すフィードバックループfeedback loopで,S-Rすなわち刺激-反応よりも複雑なプロセスを表わすことができるとされた)などは認知心理学研究の先駆けである。
ナイサーNeisser,U.は1967年にこれらの研究を包括する『認知心理学Cognitive Psychology』を著わした。これが認知心理学をタイトルに含む最初の書物だとされる。日本では,1978年にナイサー著『認知の構図The architecture of cognition―人間は現実をどのようにとらえるか』,1979年にルメルハートRumelhart,D.E.著『人間の情報処理Introduction to Human Information Processing―新しい認知心理学へのいざない』,1980年にロフタスLoftus,G.R.とロフタスLoftus,E.F.著『人間の記憶―認知心理学入門Human Memory:The Processing of Information』が刊行された。日本人による著書としては,安西祐一郎らの『LISPで学ぶ認知心理学』(1981),東京大学出版会による『認知心理学講座』全4巻(1982~1985)などがある。なお,2003年には日本認知心理学会が設立され,機関誌『認知心理学研究』が発行された。
【隣接領域】 認知心理学は情報処理にかかわる言語学,コンピュータ科学,人工知能,脳(神経)科学の理論や概念枠組みを取り入れながら発展してきた。影響力のある理論,概念として,言語学者チョムスキーChomsky,N.による生成文法generative grammar(有限の規則により,無限の言語表現を作り出す)や生成文法の一種であるフィルモアFillmore,C.の格文法case grammar(生成文法の一種で,言語的な単位すなわち単語が意味役割をもつ),人工知能におけるプロダクションシステムproduction system(条件が満たされれば行為が実行されるという手続きのリスト),脳の神経細胞をモデル化した情報処理のネットワークモデルやコネクショニストモデル,ミンスキーMinsky,M.L.によるフレームframe(理解や推論を可能にする枠組み的知識),バートレットが記憶の研究で用い,知識の概念的枠組みとして用いられるようになったスキーマschema(枠組み的な知識,概念),シャンクShank,R.C.とエイベルソンAbelson,R.P.によるスクリプトscript(事象に関する一般的・枠組み的知識)などを挙げることができる。
【対象と方法】 ナイサーは前述の『認知心理学』において,「『認知』とは,感覚的なインプットが変換され,低減され,精緻化され,貯蔵され,回復され,用いられる,そのすべての過程を指す」とした。これらの過程は,感覚sensation,知覚perception,注意attention,パターン認識pattern recognition,イメージimagery,記憶memory,言語language,思考thinking,問題解決problem solving,意思決定decision makingなどの側面から研究され,それぞれが重要な研究領域を成している。
認知心理学の対象・方法の特徴として,以下の4点を挙げることができる。第1に,複雑な高次情報処理過程を対象としているということがある。対象に応じて空間認知(近接の空間から,地域,地図まで),時間認知(ミリ秒から何十年という超長期まで),音楽認知(音からメロディ,楽曲へ),顔の認知,日常認知(日常生活の中での情報処理),言語・コミュニケーション(単語認知から文章・談話処理,言語・非言語情報処理まで),動作,感情,社会的認知などさまざまな領域が広がっている。第2の特徴として,モデルの構築がある。行動主義心理学が外から観察される刺激と反応だけを研究対象としたのに対し,認知心理学は心的な情報処理のメカニズムを解明しようとする。そのためには,心の中で何が起きているかというモデルmodelを構築することが有用である。ここでのモデルとは,現象を特徴づける変数,成分,知識表象とそれらの関連性が単純化,抽象化,あるいは理想化して示される図式であり,フローチャートflowchartやアルゴリズムalgorithmで示されるものもあれば,神経回路を模したネットワークモデルnetwork modelや,認知機能を脳のシステムに対応づけるモデルもある。第3に,研究法としては,実験法,調査法,観察法が主流だが,さまざまな課題,手続き,従属変数が工夫されている。記憶に関する従属変数一つを取り上げても,再生,手がかり再生,再認,ソースモニタリング,確信度,プライミング,反応時間,部分報告,節約率などと多岐にわたる。さらに,理論構築のためのコンピュータ・シミュレーションや,脳システムとの対応づけをめざす種々のイメージング研究も盛んに行なわれている。第4の特徴として,応用研究が広く行なわれていることが挙げられる。認知心理学の先駆けであるブロードベントは,第2次世界大戦中パイロットとして従事した経験から,認知的負荷の少ないコックピットの設計や,複数のラジオコミュニケーションから特定のメッセージを聞き取る選択的注意の研究を行なったとされる。また,ナイサーは現実の世界,日常世界での認知活動の研究の重要性を提唱し,『観察された記憶―自然文脈での想起Memory Observed:Remembering in Natural Context』を編集し,ロフタスは『目撃者の証言Eyewitness Testimony』をはじめ司法場面での認知研究の発展に貢献した。こういった伝統は,モノづくり,安全,環境,司法などの領域との学際的な研究へと拡張され,実社会への貢献も果たしている。 →記憶 →行動主義 →情報処理 →知覚 →認知
〔仲 真紀子〕
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認知心理学
にんちしんりがく
cognitive psychology
人間の「知」の機能とメカニズムの解明を目ざす科学的・基礎的心理学の一分野。外部から客観的に観察できる「行動」だけを対象としようとする行動主義心理学の隆盛により、心理諸現象は1920年前後以降、実験心理学では無視され続けてきた。しかし、1950年代に入り、「情報」の概念の導入とともに、通信工学、計算機科学、言語学などの影響を受け、心の内部のメカニズムを直接的に論じ、解明しようとする認知心理学の興隆をみた。
[阿部純一]
認知cognitionとは、認識とも訳され、事物や事象について知ること、あるいはそれに関連する心的活動を意味する。したがって、認知心理学の対象は、知覚、注意、イメージ形成、判断、記憶、推論、思考、言語、学習など「知」cognitionの側面が中心となる。しかし、近年では、心的活動の「情」affectionの側面などもその射程に入れてきており、人間(あるいは広く動物)の心的諸活動の基礎にあるメカニズムの全面的な理解を求めるようになってきている。認知神経科学cognitive neuroscienceとはその目的・対象を同じくするところもあり、互いに他の知見を参考とはするが、その記述のレベルと方法論は異なる。伝統的に、認知心理学では、人間を一つの情報処理システムとみなすことにより、言語表現や視覚像など各種情報の受容、変換、貯蔵、構造化、蓄積、変容、産出、創造などのメカニズムを抽象的なレベルで説明し、神経組織などの物質レベルでの説明は行わない。
[阿部純一]
方法論的には実験心理学の伝統を引き継ぎ、行動実験による実証を重んじつつも、心内(脳内)メカニズムの仮説的モデル構成にも力を入れる。すなわち、人間の内部(神経系)で営まれている情報処理の実態は直接的には観察できないため、認知諸過程に対する仮説・モデルを提案し、そのモデルの予測を実際の行動結果(心理学的実験の結果)と照らし合わせて吟味することで、内部メカニズムのありさまを解明していこうとする。
1950年代の興隆以降の認知心理学を特徴づける人間観としては、(1)ピアジェの乳幼児の思考発達に関する研究やチョムスキーの生成文法理論などを背景として、それまでの過度の環境・経験主義的人間観から脱却し、生体の生得的能力、主体的能動性、創造性などの側面にも注目しようとする点、(2)ニューウェルAllen Newell(1927―1992)やサイモンによる人工知能研究に触発され、人間の認知諸過程を情報操作の過程とみなす点、(3)「スキーマ」schema論的人間観、すなわち行動に対する知識あるいは過去経験の蓄積の影響を重視しその機序を明らかにしようとする点、などがあげられる。最近の研究は、認知科学研究としても位置づけられている。また、神経科学との接点も大となっている。
[阿部純一]
『J・R・アンダーソン著、富田達彦他訳『認知心理学概論』(1982・誠信書房)』▽『乾敏郎・高野陽太郎・大津由紀雄・市川伸一・波多野誼余夫編『認知心理学』全5巻(1995~1996・東京大学出版会)』▽『John R. AndersonCognitive Psychology and Its Implications, seventh edition(2009, Worth Publishers)』
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認知心理学
にんちしんりがく
cognitive psychology
1960年代以降に台頭した心理学の一分野。知覚,記憶,理解など対象を認識する作用,および学習によって得られた知識に基づく行動のコントロールを含めた認知の過程,すなわち生体の情報処理過程を明らかにしようとする学問。それまで心理学の主流を占めていた客観的な観察に基づく行動主義的な心理学に対する反動から生れたもので,主観的な人間の意識を重視する立場をとる。情報科学の発展,コンピュータの進歩に伴って急速に発達し,今日では哲学,言語学,神経科学,工学などの分野との交流により認知科学という新たな学際的分野を形成している。
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