【進化心理学の先駆者としてのダーウィン】 1859年ダーウィンの『種の起原On the Origin of Species by Means of Natural Selection』の刊行によって,人間と動物の関係に関する認識は一変した。ダーウィンは,生物は神によって個別に創造されたのではなく,すべての生物は進化の産物であること,そして進化のメカニズムは自然選択であることを明晰に説き示した。『種の起原』の社会的な影響として,ヒトも霊長類の一員であることが一気に広まったものの,同書の中でダーウィンは,人間については多くは語らず,自説によって「人類の起源と歴史に関して光が投げかけられるであろう」と短く書くにとどめた。ダーウィンはこの予告を『種の起原』以降10年以上の熟考を重ねた末,『人類の進化と性淘汰』(1871)と『人間と動物の感情表現』(1872)を著わすことで世に問うた。この2冊でダーウィンは,進化心理学という名称こそ用いなかったものの,人間の精神についてだれよりも早く進化的・適応論的考察を行ない,人間の精神がいかに進化の産物であるかを存分に論じた。彼がとくに説明の中心に据えたのが,道徳感情や良心の起源だった(内井惣七,1996)。