行智(読み)ぎょうち

朝日日本歴史人物事典の解説

行智

没年:天保12.3.13(1841.5.3)
生年:安永7(1778)
江戸後期の山伏,修験道の教学者,悉曇(梵学)学者。俗称を松沼,字を慧日,阿光房と称した。父の行弁のあとを継いで,江戸浅草福井町の銀杏八幡宮の覚吽院を住持した。祖父の 行春 と父について内外の典籍を学び,冷泉家歌道,書道によく通じ,特に悉曇学にすぐれ,平田篤胤に教授した。真言宗系修験道の当山派の惣学頭,法印大僧都に任じられる。修験道の信仰や修行が衰退したため,復興しようとする意図のもとに,修験道の来歴・故事伝承・教学に関する著作を多く著して,今日に伝えている。<著作>『木葉衣』『鈴懸衣』『踏雲録事』

(川村邦光)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ぎょうち【行智】

1778‐1841(安永7‐天保12)
修験道当山派の山伏で,修験道の歴史や故実,並びに悉曇(しつたん)(梵学)に明るい学者として知られる。俗姓を松沼といい,字を慧日,阿光房と称した。江戸浅草福井町の銀杏八幡宮別当覚吽院(かくうんいん)に住み,祖父行春と父の行弁に就いて内典(ないてん)・外典(げてん)の学を修めたが,とくに悉曇にすぐれ,また冷泉流の歌道を学び,持明院基時に就いて書道を習うなど,修験者には珍しく博識多芸であった。平田篤胤は彼から悉曇を学んでいる。

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世界大百科事典内の行智の言及

【子守歌】より

…さらに伝統的な民謡の一種としての子守歌と,新たに創作されたものとがあるが,ここでは前者を中心に述べる。 日本では江戸時代の子守歌に,(1)〈寝させ歌〉(ねんねのおもりはどこへいた……),(2)〈目さめ歌〉(お月さま幾つ……),(3)〈遊ばせ歌〉(うさぎうさぎ,なにょ見てはねる……)の3種が数えられていた(行智《童謡集》1820ころ)。今日子守歌は一般に〈眠らせ歌〉と〈遊ばせ歌〉に二大別され,後者の中に〈目さめ歌〉や〈まじない歌〉が含められる。…

※「行智」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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