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諏訪頼継 すわよりつぐ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

諏訪頼継
すわよりつぐ

[生]?
[没]天文21(1552).1. 甲府
戦国時代の信濃の豪族。高遠頼継とも称する。天文 11 (1542) 年6月,甲斐の武田信玄に内通して惣領諏訪頼重を攻め,信玄から諏訪郡の西半分を与えられた。同年9月信玄にそむき,高遠城に拠り反抗したが,のち捕えられ自殺した。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

諏訪頼継 すわ-よりつぐ

?-1552 戦国時代の武将。
信濃(しなの)(長野県)高遠城主。天文(てんぶん)11年(1542)武田信玄とむすび,惣領(そうりょう)諏訪頼重をほろぼす。のち信玄と対立し,14年高遠城を攻められ降伏。天文21年1月27日甲府で自刃(じじん)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

諏訪頼継

没年:天文21.1.27(1552.2.21)
生年:生年不詳
戦国時代の武将。高遠頼継とも。紀伊守。当時信濃(長野県)の諏訪上社では大祝と総領家が争い,神長守矢頼真と矢島満清などの間に内紛が続いていた。諏訪総領家出身の先祖を持つ高遠城(長野県高遠町)城主頼継はこれを諏訪支配の好機と考え,天文11(1542)年7月武田信玄と結んで諏訪に攻め込んだ。諏訪頼重(南北朝時代の頼重とは別人)を破って宮川から西の地を落とし,9月10日には満清や上伊那の春近衆などと結んで武田軍を追い払い,諏訪郡を押さえた。しかし25日に宮川のほとりで武田軍に敗れ,辛うじて高遠城へ帰る。その後も諏訪を狙って箕輪藤沢氏と共に武田氏と戦うが,同14年4月17日,本拠高遠城が落城して武田氏に服属した。一時高遠に戻り,再び甲府に出仕した直後自刃した。

(笹本正治)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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