日本大百科全書(ニッポニカ) 「謡物」の意味・わかりやすい解説
謡物
うたいもの
日本音楽用語。元来は、器楽曲に対して声楽曲を意味する語。
(1)雅楽では広義には声楽を伴う曲種の総称で、器楽曲は「曲(ごく)の物」といった。狭義には番組編成形式としての「管絃(かんげん)」における声楽曲種をさし、具体的には催馬楽(さいばら)、朗詠等が含まれるが、用語として今日用いられることはまれである。
(2)能の声楽(謡曲)を「謡(うたい)」ともいうことから、能以外の種目で能に取材した作品群をいう。謡曲物ともいい、とくに地歌の分類名称として用いられる。藤尾勾当(ふじおこうとう)の『八島(やしま)』『富士太鼓』(18世紀後半)あたりに始まり、初めは謡曲の歌詞を用いただけであったが、のちには曲調のうえでも謡曲風の作品がつくられるようになった。
(3)声楽曲の様式分類用語。「語物(かたりもの)」と対(つい)をなし、普通「歌物(うたいもの)」と書かれる。言語抑揚よりも旋律美が優先し、極端なものでは歌詞の一字が長く引き伸ばされ、細かい旋律的装飾を伴うことがある(追分(おいわけ)様式)。歌詞の内容より旋律を鑑賞するもので、叙事性より叙情性に富む。また、歌詞の一字にあてられる音価(拍数)が小さく装飾的旋律の少ないもの(八木節(やぎぶし)様式)もあり、これは語物に近い。歌物的要素の多いものに、雅楽の声楽曲、端唄(はうた)、うた沢、小唄、民謡のほとんど、地歌、箏曲(そうきょく)、長唄、荻江節(おぎえぶし)の多くの曲があり、これらを歌物ということもある。しかし、地歌の浄瑠璃物(じょうるりもの)、山田流箏曲、長唄、荻江節のある種の曲などは歌物とするのが困難であり、また一曲中でも歌物と語物の要素を使い分けて効果をあげているものも多く、種目や曲種単位で「歌物」「語物」に分類することには無理がある。
[田邊史郎]