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荻江節 おぎえぶし

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

荻江節
おぎえぶし

三味線音楽の一流派。古曲の一つ。明和 (1764~72) の初め頃,長唄の唄方として知られていた1世荻江露友が舞台を退き,お座敷本位の歌い方を考案した。節を細かく,さらに唄をカットして短くするなど,その歌い方は世に荻江風,あるいは荻江流の唄として知られ,のちもっぱら吉原の男芸者の間に伝わっていた。

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デジタル大辞泉の解説

おぎえ‐ぶし〔をぎえ‐〕【×荻江節】

三味線歌曲の一。明和5年(1768)以降、荻江露友が始めた郭(くるわ)内の座敷芸風の長唄が独自の音楽様式を確立して成立。現在は古曲の一つに数えられている。

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百科事典マイペディアの解説

荻江節【おぎえぶし】

日本音楽の種目名。初世荻江露友〔?-1787〕によって18世紀後半長唄から分派したもの。おもに吉原の廓(くるわ)内で歌われた。はじめは長唄をお座敷唄風にうたっていたが,後に地歌の曲をとり入れたり,新曲を加えたりした。
→関連項目古曲

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世界大百科事典 第2版の解説

おぎえぶし【荻江節】

三味線音楽の一種目。初世荻江露友(ろゆう)は長唄のうたい手だったが,1768年(明和5)に引退,吉原の遊郭で座敷歌風な長唄を創始(《水仙丹前》《百夜車(ももよぐるま)》など),荻江節の開祖となった。また〈めりやす〉の影響が強い作品(《稲舟(いなぶね)》《小町》《喜撰》など)もある。幕末に今日の荻江節の基礎を作った荻江里八(3世清元斎兵衛)が出て,地歌の曲《鐘の岬》《八島(やしま)》《山姥(やまんば)》などを取り入れ,また新曲《深川八景》《松》《竹》《梅》などを加えて,長唄からの独自性を強め〈荻江節〉を完成させた(それまでは〈荻江風長唄〉とか〈荻江流長唄〉といわれた)。

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大辞林 第三版の解説

おぎえぶし【荻江節】

宝暦・明和(1751~1772)頃、荻江露友(?~1787)が始めた座敷芸風の唄。長唄から派生したもので、地歌の曲調をも取り入れ、伴奏には囃子はやしを用いず三味線だけを用いる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

荻江節
おぎえぶし

三味線音楽の種目。もとは長唄(ながうた)の一流派であったが初世の出現により荻江節として確立した。現在は荻江節、河東(かとう)節、一中(いっちゅう)節、宮薗(みやぞの)節を総括して古曲とよばれている。1766~68年(明和3~5)に江戸・市村座で長唄の立唄(たてうた)として富士田吉治(ふじたきちじ)と拮抗(きっこう)して名をはせたといわれる荻江露友(ろゆう)(?―1787)を始祖とする。美声だが小音であったため、あるいは富士田吉治の台頭があったため劇場への出勤をやめたが、その独得の芸風は吉原の廓(くるわ)内で迎えられ、男芸者の門弟たちに歌い継がれ、遊里で練り上げられて、粋(いき)な座敷芸の歌曲となり後世荻江節とよばれるようになった。ただ2世と3世を名のった露友についてはいまのところ明らかでない。文政(ぶんせい)(1818~30)以後は衰退し、幕末になって吉原揚屋の主人で音曲通であった玉屋山三郎が、従来の長唄物、めりやす物のほかに、地歌の典麗な情調のものを取り入れたりして、荻江一流の特色の形成に意を注いだ。ついで深川の分限者、通称近江屋(おうみや)こと飯島喜左衛門が荻江節としての復興に尽力し、1876年(明治9)、一説には79年に、露友の名跡を継いで4世を名のり、ここに長唄の曲風から脱した独流の味をつくりあげた。4世没後は未亡人のいくが家元格となり、1904年(明治37)いくの没後は近親縁者によってわずかに習得継承されたなかで、柳原ひさ、梅の教えを受けた後継者には、佐橋章(さばししょう)、片山房枝、岡田よね、竹村すず、鎗田(やりた)ゆきらの名手が現れた。1956年(昭和31)研究保存育成の主旨のもとに荻江節真茂留(まもる)会が創立発足する一方、同年佐橋章(荻江露章(ろしょう))の妹前田すゑが5世露友を名のったことによる名跡をめぐり荻江会が分裂、2派に別れて存続している。[林喜代弘・守谷幸則]
『竹内道敬著「荻江節考」(『三味線とその音楽』所収・1978・音楽之友社)』

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