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豊原統秋 とよはらの むねあき

美術人名辞典の解説

豊原統秋

室町後期の楽人。豊原治秋の子。家は代々笙・篳篥を以て仕える。号は山里、法名は忠霽、築後守・雅楽頭に任ぜられる。後柏原天皇の笙の師範をつとめ、楽道の第一人者とされた。三大楽書の一つ『体源抄』を著す。和歌を三条西実隆に、連歌宗長に学び、文芸・茶道にも通じた。大永4年(1524)歿、75才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

豊原統秋 とよはらの-むねあき

1450-1524 室町-戦国時代の雅楽家。
宝徳2年生まれ。笙(しょう)の名手で後柏原(ごかしわばら)天皇の師範をつとめた。永正(えいしょう)15年雅楽頭(うたのかみ)。戦国の乱世で代々つたわった楽道がたえるのをおそれ,「体源抄」「舞曲口伝」などをあらわす。和歌を三条西実隆(さねたか)にまなび,家集に「松下抄」がある。書もよくした。大永(たいえい)4年8月20日死去。75歳。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

豊原統秋
とよはらのむねあき

[生]宝徳2(1450).京都
[没]大永4(1524).8.20. 京都
室町時代の雅楽家。京都の宮廷における雅楽演奏を専業とする家系の出身。「統秋」は「すみあき」とも読む。専門楽器は笙 (しょう) 。応仁の乱以後の乱世による雅楽の衰亡を惜しみ,楽道を子孫に伝えるため,永正9 (1512) 年に『体源抄』を完成した。ほかに『舞曲口伝』がある。なお和歌および書も巧みであった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

豊原統秋
とよはらのむねあき
(1450―1524)

室町時代の楽人、歌人。法名忠霽(ちゅうせい)。豊原氏は京都方に属した楽家で、笙を家芸とした。統秋は父冶秋(はるあき)について家芸を習得、20歳にもならぬ若さで秘事を伝授され一流を相承した。1518年(永正15)雅楽頭(うたのかみ)、翌年には正五位下(しょうごいのげ)に叙せられた。後柏原天皇(ごかしわばらてんのう)をはじめ公武の貴紳の師範をつとめ、その傍ら廃絶の危機にある楽道の伝承を願い、『體源抄(たいげんしょう)』『舞曲口伝(ぶきょくくでん)』を著した。和歌は三条西実隆(さんじょうにしさねたか)に師事し、家集『松下抄(鈔)』『豊原統秋千首』などがあるが、連歌師宗長(そうちょう)らと親交を結び、茶の湯にも長じた。日蓮宗の熱烈な信者であった。[植木行宣]

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世界大百科事典内の豊原統秋の言及

【体源鈔】より

…音楽書。京都方(京方)楽人豊原統秋(とよはらのむねあき)(1450‐1524)編集。1512年(永正9)成立。…

※「豊原統秋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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