賀美郡(読み)かみぐん

日本歴史地名大系 「賀美郡」の解説

賀美郡
かみぐん

和名抄」高山寺本・名博本に「賀美」、東急本・元和古活字本には「加美」とあり、古代―近世を通じ混用された。訓は東急本に「上」、名博本に「カミ」とあり、那珂なか郡のナカ(中)に対応すると思われる。「新編埼玉県史」は児玉郡を挟んで、賀美郡・那珂郡の三郡はもともとひとまとまりの領域が分割されたものと推定している。武蔵国の北西端にあり、からす川・神流かんな川によって上野国と接し、流路の変化等による国郡界の移動が絶えなかったという。江戸時代の郡域は現在の児玉郡上里かみさと町と同郡神川かみかわ町の一部にあたる。

〔古代〕

「和名抄」高山寺本には新居にいい(東急本では新田)・小鴨(同じく小嶋)曾能その中村なかむらの四郷が記されているが、正倉院に伝来する天平勝宝五年(七五三)一一月の紀年をもつ揩布屏風袋に「武蔵国加美郡武川郷戸主大伴直牛麻呂戸口大伴直荒当 庸布一段」という墨書銘があり、八世紀中頃の賀美郡内には武川たけかわ郷があった。「和名抄」成立以前に消滅したものと思われ、その比定地も不詳である。「延喜式」神名帳には「長幡部ナカハタヘノ神社」「今城青八坂稲実イマキアヲヤサカイナミノ神社」「今木青坂稲実荒御魂イマキアヲサカイナミアラミタマノ神社」「今城青坂稲実池上イマキアヲサカイナミノイケカミノ神社」の四社が載り、うち三社はイマキを共有する。これは新来の渡来人(今来)を意味し、「稲実」から彼らが新たな稲作技術を将来して稲魂を祀る社を建てたものと推定される。三社とも比定社が複数あって、元来の鎮座地は不明だが、当地には条里制地割が広く残存しており、豊かな生産地であったとみられる。長幡部神社は機織を職とした長幡部の氏神と考えられ、賀美郡は高麗こま郡、新羅しらぎ(新座郡)とともに朝鮮半島からの渡来人が多く居住していたことをうかがわせる。

郡衙跡は確認されていないが、中村郷の地に属すると思われる上里町五明ごみようの字若宮わかみやに所在する五明廃寺が郡に関係の深い寺と推定され、付近に郡衙が存在したと考えられている。五明廃寺は出土瓦から八世紀前半の創建と推定され、この時期は律令国家による地方行政機構の整備に伴い郡寺的性格をもつ寺院が多く建立され、やがて国分寺の造営に連なっていった。また五明廃寺からは群馬県伊勢崎市の上植木かみうえのき廃寺と同笵の瓦も出ており、国を越えて上野国とも関係の深い官寺的格式をもつ寺といわれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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