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賀茂忠行 かものただゆき

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

賀茂忠行
かものただゆき

平安時代中期の学者。和漢,陰陽道に通じ,天暦6 (952) 年,子の保憲の奏請により従五位下。占いの名人として知られ,天徳3 (959) 年,村上天皇にためされて箱の中の物を言いあて,また盗難品を占ったりするなど,名人ぶりが伝えられている。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

賀茂忠行 かもの-ただゆき

?-? 平安時代中期の陰陽師(おんようじ)。
賀茂保憲(やすのり),慶滋保胤(よししげの-やすたね)の父。天慶(てんぎょう)3年(940)ごろ近江掾(おうみのじょう)となり,平将門(まさかど)の乱のとき,藤原師輔(もろすけ)に白衣(びゃくえ)観音法をおこなうことをすすめた。天徳3年村上天皇が試しにうらなわせた箱の中身の念珠をいいあてるなど,当時ならぶもののない陰陽道の大家として知られた。

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朝日日本歴史人物事典の解説

賀茂忠行

生年:生没年不詳
平安中期の陰陽家。江人の子。子には,賀茂保憲,慶慈保胤がいる。近江掾,丹波権介を歴任。平将門の乱,藤原純友の乱では白衣観音法を修すべきことを奏上する。当時,肩を並べる者がいないという世評があるほど,陰陽道に精通していた。村上天皇が試しに箱の中身を占わせて,忠行が赤い紐でつないだ念珠であることをいい当てたという話が『朝野群載』にある。『今昔物語集』にも,効験を示す説話が載っている。例えば車に乗って寝ているときに鬼神が襲ってきたので,術法を使って鬼難を避けた話とか,ある法師の家に盗人が入り命をねらうことを占い,物忌みを勧めたところ,本当に盗人が出現した話などが載っている。安倍晴明は,幼きころより忠行に随従した弟子であり,天文道を伝えられる。子の保憲が自らの位階を譲ったおかげで,忠行は天徳3(959)年に従六位の位階であったのが従五位下に上る。

(林淳)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

かものただゆき【賀茂忠行】

平安中期の陰陽家。生没年不詳。江人の子。賀茂保憲(やすのり),慶滋保胤(よししげのやすたね)の父。940年(天慶3)ころ近江掾。平将門,藤原純友の乱にさいし,藤原師輔に白衣観音法を修すべきことを進言し,《今昔物語集》は,陰陽道に関しては当時肩を並べる者なしと評して,忠行の占験能力を示す説話を収める。奥義を子の保憲に授け,忠行・保憲父子のもとに,日本随一の陰陽家といわれる安倍晴明が出た。【早川 庄八

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