改訂新版 世界大百科事典 「賈宝玉」の意味・わかりやすい解説
賈宝玉 (かほうぎょく)
Jiǎ Bǎo yù
中国,清代の小説《紅楼夢》の主人公。賈家の若君として,祖母の史氏に溺愛され,〈十二釵(さ)〉と併称される優れた女子に囲まれて成長するうち,汚れなき少女を至上のものと賛仰する一種の処女崇拝主義を培う。〈紅(赤色)〉を好み,幼年時代の放言に〈男は泥,女は水でできている〉とあるように,自己をも含め,男子は〈濁った存在〉としか映らない。在来の小説にありふれた〈才子〉像とは異なり,儒教をあがめて八股(はつこ)文の稽古に励み,科挙に通り官僚として栄達することを目標とした当時の読書人の風潮に疑問を抱くため,父の賈政からたえず訓戒を受ける。優柔不断で十二釵らを次々襲う悲劇的な運命に有効に対処できず,封建社会の重圧のなかでもがくばかり。幼時からともに育った従妹の林黛玉(りんたいぎよく)をもっとも愛しているのに,愛情の表現は不器用である。天性の〈情〉の権化として,林黛玉の早世後いったん従姉の薛宝釵(せつほうさ)と結婚するものの,情縁を覚了し出家したはずであるが,未完の原作はそこに及ばない。
執筆者:伊藤 漱平
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報