中国、清(しん)代乾隆(けんりゅう)期の長編白話(はくわ)(口語体)小説。原名『石頭記(せきとうき)』。ほかに『風月宝鑑』『金陵十二釵(きんりょうじゅうにさ)』『金玉縁』『情僧録』の別名もある。現行本は全120回。前80回が曹雪芹(そうせっきん)の原作で、81回以降は散逸。現行の後40回は後人の補作。早くは雪芹の存命中から、親族の脂硯斎(しけんさい)の手により脂硯斎評本『石頭記』なる80回写本が流布し始め、雪芹死後の1791年(乾隆56)、評判に着目した書肆(しょし)の程偉元(ていいげん)が旗人の高鶚(こうがく)(字(あざな)は蘭墅(らんしょ))とともに後40回を増補し『紅楼夢』120回活字本を出版して以来、熱狂的に江湖に迎えられた。
小説は、仙界の石頭(いし)が俗界に下っての見聞録(石頭記(いしものがたり))の体裁をとるが、物語はあくまで現実的に展開され、清代のさまざまな人間群像を精緻(せいち)な性格描写で活写し、個性の悲劇と時代の汚濁とを克明に浮き彫りにしている。都の大貴族賈(か)家の貴公子宝玉(ほうぎょく)は独自の反時代哲学を備えたフェミニストで、祖母の溺愛(できあい)のもとに、縁者の女性たち(金陵十二釵)に囲まれて壮麗な別院大観園(だいかんえん)で長じ、幼なじみの聰明(そうめい)で病弱な従妹林黛玉(りんたいぎょく)を意中の人とする。しかし賈家の盛運もしだいに衰え、美しい従姉妹たちも漸次離散してゆく(原作)。不穏な家勢のなかで、宝玉は家族の計略にかかり円満な人柄の従姉薛宝釵(せつほうさ)と結婚させられ、黛玉は絶望の底で病死する。やがて賈家は家産没収の憂き目にあい、特赦により再興の兆しをみせるものの、世の無常を悟った宝玉は科挙合格ののち行方知れずとなる(補作)。
すでに清代から「紅迷(こうめい)」(紅楼夢狂)や「紅学(こうがく)」(紅楼夢学)なることばが誕生するほど流行し、その国民的愛読は今日も変わらない。とくに1954年、作者自叙伝説をとる兪平伯(ゆへいはく)の主観的・唯心論的研究態度を李希凡(りきぼん)・藍翎(らんれい)が批判して開始された「紅楼夢論争」は文化界全体に甚大な影響を与えた。文化大革命以後は古典的リアリズム小説の最高峰なる評価が定着し、『紅楼夢』研究は現代中国文学界における最重要課題の一つとされ、最近では『源氏物語』との比較研究も注目され始めた。
[小山澄夫]
『伊藤漱平訳『中国古典文学大系44~46 紅楼夢 上中下』(1969~70・平凡社)』▽『松枝茂夫訳『紅楼夢』全12冊(岩波文庫)』
中国の清代の長編小説。通行本は全120回。前80回は曹雪芹の作,後40回は後人の補作である。乾隆19年(1754)ころから原名の《石頭記》により写本の形で作者の周囲にまず読者を得た。乾隆の40年代には別名の《紅楼夢》で通行するに至り,乾隆56年,程偉元が高鶚(こうがく)の協力を求め,補作と併せ校刊して以後,南北で復刻されて一時に流行を見た。
この小説は,ある王朝の都,長安に住む金陵(現,南京)出身の大貴族賈(か)家がたどった盛衰の歴史を描く。貴妃を入内させ権勢を誇る賈一族および姻戚の史・薛(せつ)・王四大姓の,上下数百人にのぼる男女が登場するが,貴妃の里帰りを迎えるための大観園の造営が経済的な破綻をもたらし,貴妃の死を境に,思い上がった一門の背徳悪業のかずかずが表面化し,当主らが罪に問われ,にわかに没落する。作者は小説の形を借りて曹家の栄枯の歴史を託そうとしたと察せられるが,いたずらに美化に走ることなく,北京および南京における18世紀初頭の満州貴族の生態がよく活写されている。大河小説の趣もあるなかで,主人公格の賈家の若君賈宝玉と従妹林黛玉(りんたいぎよく)との悲恋が物語の主流をなす。賈宝玉をめぐり,金陵を本籍とする12人の佳人が活躍するので《金陵十二釵(さ)》の別名もつけられた。林黛玉の病死後,賈宝玉は十二釵のひとり従姉の薛宝釵と結婚するが,やがて妻子を捨てて出家する……。ただしはばかって,わずかに悲劇到来の足音を聞くあたりで筆が止められたため,後人が惜しんで後40回を補作した。原作の中国小説史上にまれな悲劇性を保存した点は手柄といえるが,できばえは原作にはるかに及ばない。その後,続作・模倣作が数多く作られ,清末には〈紅学〉なることばも生まれるほど愛読されてきた。1954年秋から翌年にかけての,この小説の読み方をめぐる一大批判運動も特記すべきであろう。日本へは初印後まもなく舶載され,一部で読まれた。大正以後全訳が出始め,すでに4種を数える。欧米でもまず抄訳が,近年は全訳が露・英・仏と試みられ,ようやく世界文学中に座を占めつつある。
執筆者:伊藤 漱平
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清代の長編小説。全120回のうち80回までが曹雪芹(そうせつきん)の原作で,乾隆(けんりゅう)年間に成立。貴族の豪華な家庭生活を背景に才子,佳人の恋愛を描き,日本の『源氏物語』に比せられる。
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…中国,清代の小説《紅楼夢》の主人公。賈家の若君として,祖母の史氏に溺愛され,〈十二釵(さ)〉と併称される優れた女子に囲まれて成長するうち,汚れなき少女を至上のものと賛仰する一種の処女崇拝主義を培う。…
…1人の男性と8人の女性との現世での行状は,つまるところ浮雲のごときであり夢にすぎないという思想を表題としたもので,作品には一夫多妻の巧みな合理化と,儒・仏・道三教の渾然たる一致境,それに楽天的な人生の享楽思想が表現されている。また《紅楼夢》などの影響を受けていたことは確かである。これが発表されると大反響を呼び,《玉楼夢》《玉蓮夢》その他多くの亜流作を生んだ。…
…中国,解放後の知識人の意識変革をめざす大運動の一つ。唯物論思想を,古典《紅楼夢》研究にどう具体的に適用するか,学術権威を無名の青年が批判し,それを毛沢東が1954年10月16日手紙を書いて支持する形で繰り広げた運動。批判論文を採用するかどうかの手続問題から,馮雪峰(ふうせつぽう)らの《文芸報》編集部自己批判をも引きおこした。…
…まもなく曹雪芹は北京に移ったらしく,晩年はその西郊に住み,不遇に終わった。絵心に恵まれ,詩をよくしたが,《紅楼夢》一作で今に知られる。この長編は曹家の栄枯の歴史をフィクション仕立てでつづったものといえ,曹家が〈犯罪〉を招いた官界の構造を告発し,その無実を訴えんとする意図が隠されていよう。…
…名物学あるいは一覧表の学と称すべきもので,古く《創世記》のなかからも作品の例証を拾うことができるが,一時期の現象にとどまったところが,中国と異なる(名物)。また,日本の《枕草子》の雛型というべき唐の李商隠の《義山雑纂》には〈物は付け〉的記述があり,《紅楼夢》も,それを読むことによって近世の大富豪の生活環境を詳細に知ることができるなど,文学を通して百科的知識を得ることを中国人が好んだという一面も見のがせぬところである。 第3は雑家の書物である。…
※「紅楼夢」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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