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足立重信 あだちしげのぶ

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百科事典マイペディアの解説

足立重信【あだちしげのぶ】

安土桃山〜江戸前期の治水家,土木開発者。加藤嘉明に仕え,伊予川を改修して流路を変え,5000余町の新田を開発(重信川)。伊予松前(まさき)城を拡張し,石手川改修を行う。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

足立重信 あだち-しげのぶ

1560?-1625 織豊-江戸時代前期の武士。
永禄(えいろく)3年?生まれ。加藤嘉明(よしあき)につかえ,嘉明の転封(てんぽう)により伊予(いよ)松山藩の家老となる。伊予川(のちの重信川)大改修や松山城の築造につくした。寛永2年11月17日死去。66歳?美濃(みの)(岐阜県)出身。名はのち兼清,元清。通称は半助,半右衛門

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世界大百科事典内の足立重信の言及

【重信川】より

…重信町横河原付近に形成された扇状地は砂礫層が厚く堆積して天井川となり,平時は伏流しほとんど表流水がみられない。古くは伊予川と称したが,文禄・慶長期(1592‐1615)ころに松山藩主加藤嘉明の重臣足立重信が改修したことから,その功績をたたえ重信川と改められた。改修工事は,加藤氏の後,蒲生氏,松平氏と松山藩主に引き継がれ,どの部分が重信の施工かは定かではないが,改修前の伊予川は松山市高井付近から現在の流路の南方を麻生(あそう),八倉,徳丸,出作,大溝を経て松前(まさき)の南で伊予灘に注いでいたと考えられている。…

※「足立重信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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