遅発性ウイルス感染症

内科学 第10版 「遅発性ウイルス感染症」の解説

遅発性ウイルス感染症(ウイルス感染症)

(4)遅発性ウイルス感染症(slow virus infection)
 ウイルス感染後,数カ月~数年の潜伏期後に発症し,進行性で多くは致死的である疾患の総称である.
a.亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis:SSPE)
定義・概念
 麻疹ウイルス感染後,6~8年の潜伏期間を経て発病し,発病後は数カ月~数年の経過で神経症状が進行する予後不良の小児期の遅発性ウイルス感染症である.
疫学
 わが国のSSPE患者数は約150人,年間の新規発症者数は5~10例である.男女比は2:1.
病理
 大脳皮質海馬,視床,脳幹小脳に広範に炎症性リンパ球の浸潤がみられ,神経細胞やグリア細胞にCowdry A型の好酸性核内封入体を認める.
病態生理
 麻疹ウイルスの膜蛋白質の一部(M蛋白質)が欠損しているウイルスが中枢神経系で持続感染することが原因と考えられている.免疫能力に関する宿主側の要因も指摘されている.
臨床症状
 第I期:軽度の知的障害,性格変化,脱力発作歩行異常など.第Ⅱ期:四肢のミオクローヌスの出現,知的障害・歩行障害などの進行.第Ⅲ期:歩行・食事摂取不能となる.ミオクローヌス・筋トーヌス亢進,自律神経症状が顕著となる.第Ⅳ期:意識は消失.筋緊張は亢進し,ミオクローヌスは消失する.
検査成績
 髄液検査で,細胞増多,蛋白上昇,IgGとIgGインデックスの上昇,麻疹ウイルス特異的オリゴクローナルバンドの出現,髄液麻疹抗体価の上昇を認める.脳波検査では,3~10秒間隔で出現する周期性同期性高振幅徐波結合が特徴的である.頭部MRI検査では,びまん性進行性の皮質萎縮と頭頂葉・後頭葉優位の白質変化を認める(図15-7-2).
診断
 血清・髄液中麻疹抗体価の上昇で確定診断できる.「プリオン病及び遅発性ウイルス感染に関する調査研究」班からSSPE診療ガイドライン(案)が出されている.
経過・予後
通常,全経過は数年であるが,3~4カ月で4期に至る急性型(約10%),数年以上の経過を示す慢性型(約10%)がある.
治療・予防
 イノシンプラノベクス経口投与(保険適応),インターフェロン脳室内投与(保険適応),リバビリン脳室内投与(非保険適応)の延命効果が報告されている.発症予防には,麻疹ワクチン接種が最も重要である.
b.進行性多巣性白質脳症(progressive multifocal leukoencephalopathy:PML)
定義・概念
 血液系悪性腫瘍膠原病などの患者で免疫力が低下した場合に発症する日和見感染症であり,ポリオーマウイルスに属するJCウイルスがアストロサイトやオリゴデンドロサイトに感染することによって起こる脱髄性疾患である.
原因・病因
 JCウイルスが中枢神経系に感染することが原因である.幼小児期に不顕性感染し,Bリンパ球や腎臓に潜伏感染している.健康成人の80%以上が感染しているが無症状である.
疫学
 わが国では患者数は約100人で,年間10人前後が発症している.しかし,AIDS患者に限るとPMLの発症率は約4%である.ヒトからヒトに感染することはない.
病理
 大小の脱髄病巣が大脳白質全体に多発するが,小脳や脳幹には少ない.腫大した核内にウイルス封入体をもつオリゴデンドログリアが脱髄病巣辺縁部にみられる.
病態生理
 腎臓に潜伏感染しているウイルスが,宿主の免疫力低下に応じて病原性の強いウイルスに変異し,アストロサイトとオリゴデンドログリアに感染し脱髄が生じる.
臨床症状
 半盲,片麻痺,認知機能障害,失語症などで発症する.言語障害,嚥下障害,脳神経麻痺などのさまざまな症状が出現し,数カ月の経過で無動・無言の状態となる.
検査成績
 脳脊髄液からJCウイルス遺伝子を検出すれば本症の確率が高い.頭部MRI T2強調画像で大脳白質に大小不同の高信号域を認め,通常は造影効果を示さない(図15-7-3).
診断
 患者の脳組織でJCウイルス抗原の存在を免疫組織学的に証明する,またはPCR法でJCウイルスDNAを検出すれば診断は確定する.PMLが疑われる場合は初回髄液PCR検査が陰性の場合でも間隔をおいて再度検査する必要がある(山田正仁ら).
鑑別診断
 ほかのウイルス性脳炎,中枢神経原発リンパ腫,原発性・転移性腫瘍,脳膿瘍などとの鑑別が必要である.
経過・予後
 亜急性~慢性に経過し,80%は9カ月以内に死亡する.AIDS患者の場合,抗レトロウイルス療法(ART)が奏効し,症状の進行停止・改善する例もあるが高度な後遺症を残す.
治療
 AIDS患者のPMLではHIV感染に対するARTとシタラビンやシドフォビルとの併用が延命や症状改善に有効なことがある.AIDS以外のPMLでは有効な治療法はなく,悪性腫瘍などの基礎疾患の治療が重要である.[中川正法]
■文献
水澤英洋,他:亜急性硬化性全脳炎(SSPE)診療ガイドライン(案),プリオン病のサーベイランスと感染予防に関する調査研究班.
http://prion.umin.jp/guideline/guideline_sspe.html
山田正仁,他:進行性多巣性白質脳症の診断および治療ガイドライン,厚生労働省.(http://prion.umin.jp/guideline/guideline_PML.html)

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

世界大百科事典(旧版)内の遅発性ウイルス感染症の言及

【クールー】より

…パプア・ニューギニアの食人の習慣のあるフォレFore族にのみみられた慢性進行性の神経疾患。現在では,食人の習慣がなくなるとともに消失している。とくに成人女性に多く,失調歩行と振戦(不随意の律動的な震え)で始まり,言語障害,眼球運動障害,情動変化も加わり,やがて起立も歩行も不能となり,3~6ヵ月で死亡する。小脳,脳幹,大脳基底核などの神経細胞の変性・脱落とともに組織の海綿状変化,クールー斑と呼ばれる嗜銀性構造物を特徴とする。…

【脳炎】より

…脳実質の炎症による神経疾患で,病原体の脳実質への直接の影響によるもの,各種感染症に続発したり予防接種後などにおこるアレルギー性機序の考えられるものがある。(1)病原体が脳実質を直接侵すことによる脳炎 日本脳炎,エコノモ脳炎,単純ヘルペス脳炎などをはじめ病原体はほとんどがウイルスである。症状は発熱,頭痛,吐き気,嘔吐などで始まり,意識障害や精神症状を呈するようになる。回復後も後遺症を残すことがまれではない。…

※「遅発性ウイルス感染症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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