脳膿瘍

内科学 第10版「脳膿瘍」の解説

脳膿瘍(細菌感染症)

(3)脳膿瘍(brain abscess)
概念
 脳実質内の病原体による限局性貯留.頭蓋内圧亢進による頭痛と占拠性病変による巣症状が主徴で,発熱は認めない場合もある.細菌や真菌などが耳鼻科・眼科的感染巣・外傷から直達性に,もしくは感染巣や心内膜炎から血行性に脳実質に到達して発症する.治療は抗菌薬と脳外科的手技である.
疫学
 脳内占拠性病変の1~2%.前頭葉から側頭葉に好発し,男性に多い.抗菌薬の進歩でまれとなっているが,最近の臓器移植・AIDSなどの免疫不全宿主の増加により,真菌性脳膿瘍は増加している.
病態生理
 直達性感染として,副鼻腔炎・中耳炎・乳突炎からの波及,穿通性頭部外傷や脳の手術からの感染があげられる.一方,血行感染として肺感染症(肺膿瘍・気管支拡張症),細菌性心内膜炎などがあげられる.さらに,右→左シャントを形成するFallot四徴症・両大血管右室起始症・心室中隔欠損症や肺動静脈瘻は,病原体を含んだ静脈血が肺毛細血管を経由せず脳に行くため,脳膿瘍を形成しやすい.しかし,約1/4の患者は原発巣が不明である.病原体として,細菌では嫌気性菌やブドウ球菌が多く,肺炎球菌,髄膜炎菌,インフルエンザ菌はまれである.一方,真菌ではカンジダとアスペルギルスが多い.
 脳膿瘍の形成過程は,①早期限局性脳炎期:限局性炎症を伴った膿の貯留のない壊死巣で脳実質炎の初期段階(発症1~3日),②晩期限局性脳炎期:壊死巣の拡大とともに,周囲に炎症を伴った膿が貯留する(発症4~9日),③早期被膜形成期:壊死巣の周囲に被膜を形成し始める被膜形成の初期段階(発症10~13日),および④晩期被膜形成期:中心部の壊死,辺縁の炎症細胞と線維芽細胞,密なコラーゲン層からなる被膜,被膜の外の新生血管,および被膜の外に浮腫とグリオーシスを認める(発症14日以後)(図15-7-11A)に区分される.
臨床症状
 症状は頭痛と巣症状(運動麻痺,痙攣,視野障害,記憶・注意障害,小脳失調など)が基本であり,頭痛は75%以上でみられる.発熱を呈する例は約半数で,発熱がなくても脳膿瘍の可能性を除外してはならない.
検査成績
1)頭部CT・MRI:
CTは,被膜形成前の限局性脳炎では低吸収域を示し,被膜が形成されると中心部が低吸収で, 造影により被膜が輪状増強効果を示し,周囲の浮腫や炎症が低吸収域を示す(図15-7-11B).MRIは高感度に限局性脳炎や小さな脳膿瘍も検出する.また,病巣分布の把握もできる(図15-7-11C).
2)血液検査:
白血球増加・CRP高値を呈する場合があるが,呈さない場合も多い.
3)髄液検査:
通常,圧上昇・軽度細胞数と蛋白増加を呈する.しかし,正常である場合も多い.髄液からの菌培養は陰性が多い.なお,膿瘍による頭蓋内圧亢進が想定される場合,腰椎穿刺は禁忌である.
診断
 頭痛,発熱,巣症状を認め,血液で炎症所見があり,画像上輪状増強効果を示す占拠性病変あれば,診断は容易である.しかし,発熱がなく,血液や髄液で炎症所見がない場合,脳腫瘍との鑑別が難しい.確定診断は,髄液では病原体が検出できないことも多く,外科的に脳膿瘍の内容物や被膜から病原体の同定を試みる.このような場合,脳膿瘍のマーカーとして磁気共鳴スペクトルスコピー(MRS)の酢酸がある.脳膿瘍では,細菌は糖を醗酵させグルコースを作り,グルコースが酢酸や乳糖に変換されてエネルギー源としているので,酢酸が指標となる.
予後
 死亡率は10%以下だが,免疫不全例や真菌性脳膿瘍は予後不良である.予後不良要因として,脳深部の膿瘍,破裂性脳膿瘍,重度の神経障害があげられる.
治療
 抗菌薬を基盤とし,適応がある場合には脳外科的吸引ドレナージを併用する.抗浮腫薬や抗痙攣薬は適時併用する.
 抗菌薬は,脳膿瘍の形成過程のすべてで用いる.起炎菌が不明のことも多いので広域,特に嫌気性菌をカバーする抗菌薬で,髄液移行のよい薬剤を用いる.免疫正常の市中感染では,第3世代セフェム系抗菌薬(セフォタキシムなど)とメトロニダゾールの併用.頭部外傷・頭部術後では,緑膿菌およびメチシリン耐性ブドウ球菌(MRSA)を考慮し,セフタジジムとバンコマイシンの併用,またはメロペネムとバンコマイシンの併用を用いる.一方,真菌では,クリプトコックスとカンジダはアムホテリシンB(または脂質製剤)とフルシトシンの併用,アスペルギルスはボリコナゾールが第一選択薬となる. 脳外科的治療は,限局性脳炎期や径2 cm以下の非破裂性脳膿瘍では抗菌薬による治療を第一選択とするが,抗菌薬を投与するも膿瘍が増大する場合には,定位脳手術で吸引,ドレナージを行う.膿瘍径2 cm以上(単一,多発性にかかわらず)や状態の不良な患者では,最初から抗菌薬と外科的吸引,ドレナージを併用する.破裂性脳膿瘍に対する外科的アプローチについては,開頭的に排膿や脳室洗浄などの報告はあるが,一定の見解はない.[亀井 聡]
■文献
Loftus CM: Diagnosis and management of brain abscess. In: Neurosurgery, 2nd ed (Wilkins RH, et al eds), volume 3, p3285, McGraw-Hill, New York, 1998.
Perfect JR, Dismukes WE, et al: Clinical Practice Guidelines for the Management of Cryptococcal Disease: 2010 Update by the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis, 50, 291-322, 2010.
Walsh TJ, Anaissie EJ, et al: Treatment of aspergillosis: clinical practice guidelines of the Infectious Diseases Society of America. Clin Infect Dis, 46, 327-360, 2008.

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日本大百科全書(ニッポニカ)「脳膿瘍」の解説

脳膿瘍
のうのうよう

化膿性脳炎の一病型で、細菌が脳実質内に化膿巣を形成して膿を貯留(ちょりゅう)した状態をいい、髄膜炎、硬膜下膿瘍と並ぶ頭蓋(とうがい)内感染症の代表的疾患である。起炎菌は連鎖球菌およびブドウ球菌が多く、最近では嫌気性菌やバクテロイドの増加が知られている。発生原因により〔1〕血行性・転移性脳膿瘍、〔2〕非血行性脳膿瘍、〔3〕原因不明の脳膿瘍、に分類する。なお、血行性・転移性脳膿瘍は肺炎や心内膜炎などの原発巣から血行性に脳内転移したもので、チアノーゼ心奇形に合併したものも含まれる。また、非血行性脳膿瘍は脳への直接あるいは隣接する化膿巣から感染したもので、外傷性脳膿瘍、耳性脳膿瘍、鼻性脳膿瘍などがある。血行性に感染する場合、大脳の灰白質、白質境界部に生じやすい。慢性中耳炎に続発するものでは、小脳や側頭葉に膿瘍をつくりやすい。同時に、硬膜下膿瘍や横静脈洞血栓症などを伴うことがある。副鼻腔炎によるものは前頭洞炎に続発するものが多く、前頭葉下面に膿瘍を生じやすい。

[加川瑞夫]

症状・治療

臨床症状は、感染症状、頭蓋内圧亢進(こうしん)症状、脳の巣症状が現れる。局所的炎症が主体の限局性脳炎期では、発熱、頭痛、嘔吐(おうと)、けいれん、白血球増多がみられ、進行すると運動知覚障害や意識障害が出現する。この時期は脳浮腫(ふしゅ)が強く、CTスキャンでは低吸収域と脳室系の偏位が認められる。治療としては、強力な頭蓋内圧下降剤、抗生物質、免疫グロブリンが使われる。また、被膜形成期および完成期では一般的に前記症状が鎮静化され、運動知覚障害などの巣症状(脳の限局した一部の障害によって現れる症状)や頭蓋内圧亢進症状が主体となってくる。まれに化膿巣が脳室内に穿破(せんぱ)して激症を呈するものもある。造影剤を使ってCTスキャンを行うと、膿瘍はリング状の高吸収域に囲まれた低吸収像としてみられる。脳血管撮影でも、膿瘍の被膜に一致した異常血管像を認める。MRI(磁気共鳴映像法)でも同様な所見がみられる。治療として外科的に被膜外全摘出術が行われてきたが、近年とくにCTスキャンの登場以後は穿刺排膿術がおもに行われ、死亡率も10%以下になっている。しかし、チアノーゼ心奇形に合併したものは30%前後の死亡率で、かならずしも予後はよくない。免疫不全を伴うもの、意識障害の強いもの、脳ヘルニアを生じたもの、膿瘍の脳室穿破を合併したものでも、予後は不良である。

 脳膿瘍治癒後は、てんかん発作を残すことがあり、このため、抗けいれん剤の長期投与が必要である。また、中耳炎、副鼻腔(びくう)炎、チアノーゼ心奇形など一次性病変がある場合は、その根治が必要である。

[加川瑞夫]

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六訂版 家庭医学大全科「脳膿瘍」の解説

脳膿瘍
のうのうよう
Cerebral abscess
(脳・神経・筋の病気)

どんな病気か

 脳膿瘍は、脳実質内に限局性にうみがたまった状態をいいます。膿瘍の形成過程は、まず脳のある部分にうみがたまっていない巣状(そうじょう)の急性炎症が生じます。次に、明らかな化膿性の炎症が起こり、うみがみられるようになります。さらに、膿瘍周囲に被膜が形成され限局性に膿瘍が完成します。

原因は何か

 ブドウ球菌や連鎖球菌などの化膿性細菌が主な原因ですが、そのほかの原因もあり多様です。免疫機能の低下した人では、真菌(しんきん)、原虫、結核菌も原因になります。感染経路は耳鼻科疾患(中耳炎副鼻腔炎(ふくびくうえん)など)からの波及、血行感染(肺化膿症(はいかのうしょう)心内膜炎(しんないまくえん)など)、直接感染(頭部外傷、脳の手術に際して)などがあげられます。

症状の現れ方

 発熱などの感染症状、頭痛・嘔吐・意識障害などの頭蓋内圧亢進(ずがいないあっこうしん)症状、けいれん・運動麻痺(まひ)・感覚障害などの脳局所症状が認められます。初発症状としては、頭痛、意識障害、けいれんが多く、膿瘍の被膜化が進行するにつれて脳局所症状が目立つようになります。

検査と診断

 頭部CTは脳膿瘍に必須の検査で、膿瘍の大きさや部位を正確に判定できます。造影剤によって被膜はリング状に増強されるのが特徴です。また、中耳や副鼻腔などの病変の有無をも同時に観察することができます。

治療の方法

 抗生剤投与と外科的治療が基本で、脳浮腫(ふしゅ)に対して脳圧降下薬、けいれんに対して抗けいれん薬などが用いられます。

 発病初期には起炎菌が不明なことが多いので広い範囲の細菌に有効な抗生剤が投与されますが、起炎菌が確定した時には最もよく効く抗生剤に変更されます。通常の感染症よりも抗生剤の投与量は多く、投与期間も長くなります。

 外科的治療は、穿刺(せんし)吸引および排膿(はいのう)、ドレナージが一般的です。開頭のうえ、被膜を含めて膿瘍を全摘出する必要は少ないようです。最近では、CTまたはMRIガイド下に比較的安全に穿刺・排膿できるようになりました。また、診断の確定や起炎菌の検出も可能で、広く行われるようになっています。

病気に気づいたらどうする

 抗生剤治療と外科的アプローチの進歩によって治癒する患者さんが増えていますが、診断の遅れによって予後が不良になることもあります。頭痛や発熱が持続する時には、すぐに脳神経外科や神経内科などの専門医の診察を受けてください。

綾部 光芳

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館「脳膿瘍」の解説

のうのうよう【脳膿瘍】

 脳実質内(のうじっしつない)(脳の中)に細菌が感染して化膿(かのう)し、膿(うみ)のかたまり(膿瘍(のうよう))ができる病気です。
 からだのほかの部位の感染症(中耳炎(ちゅうじえん)、副鼻腔炎(ふくびくうえん)、気管支炎(きかんしえん)、心内膜炎(しんないまくえん)など)の原因となっている細菌が脳に侵入したり、頭部の傷から細菌が脳に侵入したりしておこりますが、脳に細菌が侵入した原因が見つからないことも少なくありません。
 なお、脳の外側をおおっている硬膜(こうまく)の下に膿がたまった場合を硬膜下膿瘍(こうまくかのうよう)、硬膜の上に膿がたまった場合を硬膜外膿瘍(こうまくがいのうよう)といいます。
●症状
 発熱などの全身の炎症症状のほか、持続性の激しい頭痛や嘔吐(おうと)などの頭蓋内圧亢進(ずがいないあつこうしん)症状、からだの片側のまひや失語症(しつごしょう)などの脳局所症状、けいれんや意識障害がおこることもあります。
●診断
 全身の炎症症状がはっきり現われていないときは、脳腫瘍との鑑別がむずかしいこともありますが、多くの場合、CTやMRIで診断できます。
●治療
 抗生物質の使用、針を刺して膿を吸引する穿刺吸引(せんしきゅういん)、さらに管を留置して排膿(はいのう)をはかるドレナージなどが行なわれます。
 手術後、長期間の抗けいれん薬の服用が必要になることが多いものです。

出典 小学館家庭医学館について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「脳膿瘍」の解説

脳膿瘍
のうのうよう
brain abscess

おもに耳鼻咽喉部の化膿性病巣から細菌が侵入して,脳内に膿がたまった状態をいう。発熱,頭痛,けいれん発作,頭蓋内圧亢進症状,片麻痺などの症状がみられる。化学療法を強力に行なって炎症の限局化,被膜形成をはかり,手術で被膜ごと膿瘍を全摘出するという治療が行われている。診断は困難なことが多かったが,CTスキャンが有力な武器となった。

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精選版 日本国語大辞典「脳膿瘍」の解説

のう‐のうよう ナウノウヤウ【脳膿瘍】

〘名〙 脳組織中に限局性の化膿巣を生じたもの。耳や鼻の疾患から連続して起きる場合と、肺の化膿性疾患に引き続いて起きる場合がある。高熱脳性麻痺などの症状を示す。

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