邯鄲遺跡(読み)かんたんいせき

百科事典マイペディア 「邯鄲遺跡」の意味・わかりやすい解説

邯鄲遺跡【かんたんいせき】

中国,邯鄲市付近にある趙の都城跡および後漢光武帝の湯明殿跡などをさす。趙の都城は春秋末(春秋戦国時代)に築かれたもので,1400m四方の主郭と東郭・北郭の版築と土塁が残っている。城の内外の16基の土台から円瓦当,明刀銭,灰陶などが出土。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「邯鄲遺跡」の意味・わかりやすい解説

邯鄲遺跡
かんたんいせき
Han-dan

中国河北省邯鄲県の南西にある戦国時代の趙の都城址。1辺 1400mの正方形に近い本城と,それに隣接しておよそ半分の大きさの東郭が残っている。現存する城壁は高さ 10m,幅 20mに及ぶ。内部に建造物の土壇が多くみられ,瓦,塼などが発見されている。 1940年東亜考古学会によって発掘された。

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