コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大塩の乱 おおしおのらん

百科事典マイペディアの解説

大塩の乱【おおしおのらん】

1837年大坂で大塩平八郎らが起こした反乱。大塩は窮民救済のため門下の者,近在農村の富農とともに決起。町に火を放ち,船場を襲い,鴻池家などの豪商の蔵を打ち毀(こわ)し,金や米穀を窮民に与えたが,大坂城代,近隣諸藩の武力によって1日で鎮圧され,大塩は自殺。
→関連項目生田万天保の飢饉

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

おおしおのらん【大塩の乱】

1837年(天保8)2月19日に,元大坂東町奉行所与力で陽明学者の大塩平八郎(中斎)が,門弟の与力・同心や近隣の豪農を中心に幕政の刷新を期して大坂で起こした事件。前年12月ごろから蜂起の決意を固めてひそかに檄文を印刷し,翌年2月6日から3日間蔵書を売却して得た資金で貧民1万軒に金1朱ずつを施行(せぎよう)したが,その額は620両余に及んだ。2月19日には,恒例によって新任の西町奉行堀利堅が先任の東町奉行跡部良弼の案内で市中を巡見し,午後4時ごろ天満四軒屋敷にあった大塩邸(洗心洞塾)向いの朝岡助之丞宅に着く予定であり,両奉行をここに襲撃して挙兵するはずであった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大塩の乱の関連キーワード大塩平八郎の乱洗心洞劄記湯川麑洞葛原秀藤水野忠邦茨田郡士大塩ゆう加茂一揆

今日のキーワード

分水嶺

1 分水界になっている山稜(さんりょう)。分水山脈。2 《1が、雨水が異なる水系に分かれる場所であることから》物事の方向性が決まる分かれ目のたとえ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

大塩の乱の関連情報