日本歴史地名大系 「金谷城跡」の解説
金谷城跡
かなやじようあと
[現在地名]富津市金谷
真里谷武田氏によって築城されたと考えられる中世の城跡。標高七〇―八〇メートルの丘陵にあり、北・西は東京湾に臨み、東は
金谷城跡
かなやじようあと
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
真里谷武田氏によって築城されたと考えられる中世の城跡。標高七〇―八〇メートルの丘陵にあり、北・西は東京湾に臨み、東は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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