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三浦半島 みうらはんとう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

三浦半島
みうらはんとう

神奈川県南東部,相模湾と東京湾とを分ける半島。藤沢市片瀬から円海山北麓を経て横浜市金沢区富岡を結んだ線以南をいう。全体が丘陵から成り,北部は開析が進んでいるが,中央部は三浦丘陵呼ばれる4列の地塁があって,縦谷が発達している。

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デジタル大辞泉の解説

みうら‐はんとう〔‐ハンタウ〕【三浦半島】

神奈川県南東部の半島。東は東京湾、西は相模湾に面し、逗子市・葉山町・横須賀市・三浦市が占める。

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百科事典マイペディアの解説

三浦半島【みうらはんとう】

神奈川県南東部,東京湾と相模湾を分ける半島。北・中部は丘陵地で,最高点は大楠山(241m)。南部は平たんな海食台地。東端に観音崎,南端に剱崎と城ヶ島があり,横須賀,浦賀,三崎などの良港が発達する。
→関連項目神奈川[県]観音崎久里浜城ヶ島湘南逗子[市]多摩丘陵東京湾葉山[町]三浦[市]

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世界大百科事典 第2版の解説

みうらはんとう【三浦半島】

神奈川県の南東部に突出する半島。東は東京湾,西は相模湾,南は浦賀水道に囲まれる。南北約25km,東西はほぼ12km。半島の北限は江の島の対岸の藤沢市片瀬から,横浜市南部の円海山(153m)の北麓を結ぶ線である。半島は大部分が第三紀層を中核とする丘陵性の地形からなるが,南端部と東京湾岸東部は台地性の地形をなし,それぞれ三崎台地,上町(うわまち)台地と呼ばれる。丘陵部は南北に帯状に三分され,その境は逗子の田越川をさかのぼり,東京湾岸の長浦湾に至る線と,葉山の下山川をさかのぼり,浦賀水道に流出する平作(ひらさく)川の谷に出る線である。

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大辞林 第三版の解説

みうらはんとう【三浦半島】

神奈川県南東部、相模湾と東京湾とを分かつ半島。丘陵性の地形を呈し、沿岸に横須賀・浦賀・三崎などの良港がある。西岸は湘南しようなん海岸の一部。中世、三浦氏が拠った地。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔神奈川県〕三浦半島(みうらはんとう)


神奈川県南東部の半島。東京湾と相模(さがみ)湾を分ける。浦賀(うらが)水道を隔てて房総(ぼうそう)半島に対する。京浜地方のレクリエーション・別荘・保養地。全体が丘陵からなり、最高点は大楠(おおぐす)山の標高241m。南部は海食台地。南端の三浦市の三崎港はカツオ・マグロの水揚げ港として知られ、市内に広がる台地上は野菜・花卉(かき)など早期出荷の園芸作物栽培が盛ん。東岸の横須賀(よこすか)市は幕末に洋式造船所が開設され、1884年(明治17)に海軍鎮守府が置かれ、以後、海軍の軍都として発展。現在もアメリカ海軍第7艦隊の基地、海上自衛隊基地ほかの軍事施設が集中している。東京湾岸はその他の各種工場や流通施設が集積する。西岸・南岸は湘南(しょうなん)海岸の延長部にあたり、海水浴場ほかが点在する。逗子(ずし)市・葉山(はやま)町は別荘・保養地。油壷(あぶらつぼ)・城ヶ(じょうが)島・観音(かんのん)崎・金沢八景(かなざわはっけい)などの観光地がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三浦半島
みうらはんとう

神奈川県の南東部に突出した半島。東京湾と相模(さがみ)湾とを分け、房総半島に対している。行政上は、横須賀(よこすか)、逗子(ずし)、三浦の3市と葉山(はやま)町に分かれている。JR横須賀線、京浜急行電鉄、国道16号、134号、横浜横須賀道路、三浦縦貫道路が通り、久里浜(くりはま)と金谷(かなや)(房総半島)との間には東京湾フェリー(定期航路)がある。
 全域に丘陵性の山地が広がり、長い川や広い平野はない。地質上は、房総半島と同じく新第三紀層に属し、中央の大楠(おおくす)山地(大楠山は242メートル)とこれに並行する古い地塁山地と地溝(ちこう)性の谷がみられ、南の三浦市には平坦(へいたん)な海食台地が広がっている。気候は、相模湾と浦賀水道に臨む南西と南東の沿岸は夏涼冬暖の湘南(しょうなん)気候区に入れられ、東京湾岸は東京湾気候区に入れられる。
 古代には、三浦半島には相模国から房総地方へ渡る幹線交通路(古東海道)が開け、中世には三浦氏の荘園(しょうえん)が開かれ、半島のほとんど全域が三浦党の勢力圏となっていた。そして幕府の所在地鎌倉の魚類供給や保養地(葉山、三崎(みさき)、横須賀など)となり、戦乱時には疎開、避難の場所にも利用されていた。江戸時代には三崎と浦賀は江戸の海の関門として重要視され、浦賀には問屋が集まって海上輸送物資の流通基地ともなっていた。浦賀、久里浜は幕末期のアメリカ使節の来航地としても知られる。明治以後、横須賀市は東京の海上防衛基地として軍港となり、第二次世界大戦中には半島全域にわたって軍の諸施設が設けられた。
 現在、相模湾岸の逗子、葉山や浦賀水道沿岸は、湘南に続く休養地域、住宅地域となっている。三浦市は三崎漁港の生鮮魚貝の取引のほか、野菜や草花の早期出荷地域、住宅地域となっている。横須賀市は防衛基地となっているが、商工業都市としての発展にも力を注いでいる。近年、半島の漁業は回遊魚を多く加えており、丘陵にはハイキングコースが開けている。三浦半島では京浜巨大都市群向けのレクリエーション地域化が進められ、また、緑地が広く残り、葉山町の丘陵地や大楠山、武山(たけやま)などは首都圏近郊緑地特別保全地区に指定され、海岸の埋立ても強く抑制されている。[浅香幸雄]
『田辺悟著『三浦半島の歴史』(1979・横須賀書籍出版)』

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