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鈴本演芸場 すずもとえんげいじょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鈴本演芸場
すずもとえんげいじょう

東京,台東区上野にある寄席。江戸時代末期,鈴木仙之助が初め本牧亭として創立。のち鈴本と改称。3代目鈴本孝一郎のとき,本郷本所,市川,大塚などに同名の寄席を経営するとともに,3女の石井英子に本牧亭を創立させた。現在は上野のみになり,1971年6月に建設された鉄筋コンクリート建てビルの一角を占めている。客席 300。

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デジタル大辞泉の解説

すずもと‐えんげいじょう〔‐エンゲイヂヤウ〕【鈴本演芸場】

東京都台東区にある演芸場。安政4年(1857)「軍談席本牧亭」として開場。落語を中心に上演されている。

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デジタル大辞泉プラスの解説

鈴本演芸場

東京都台東区にある劇場。1857年開館。座席数は約290席。落語、色物公演が行われる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鈴本演芸場
すずもとえんげいじょう

東京都台東(たいとう)区上野二丁目にある寄席(よせ)。1857年(安政4)鈴木仙之助により広小路町に開場、軍談本牧(ほんもく)亭といったが、76年(明治9)に鈴本亭と名が変わった。関東大震災(1923)で焼失したのを機に筋向かいの現在地に移転、第二次世界大戦後、鈴本演芸場として再開場した。1971年(昭和46)にビルの中の寄席として全面的に改築。椅子(いす)席で客席数300。数少ない東京の寄席で歴史も古い。なお、明治から大正にかけて同系統の鈴本と称する寄席がほかに三軒あった。[向井爽也]

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世界大百科事典内の鈴本演芸場の言及

【定席】より

…現在は,上席(かみせき),中席(なかせき),下席(しもせき)と1ヵ月を三分しての10日間興行だが,大正初期までは,15日間ずつの興行だった。明治・大正時代の東京には240軒もあったが,昭和初期には114軒に落ちこみ,1990年現在では,東京で上野・鈴本演芸場,新宿・末広亭,池袋演芸場,浅草演芸ホールなど,上方で,なんばグランド花月など数軒にすぎなくなってしまった。しかし,芸人の修練のためには欠かせぬ場である。…

※「鈴本演芸場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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