改訂新版 世界大百科事典 「鉄カルボニル」の意味・わかりやすい解説
鉄カルボニル (てつカルボニル)
iron carbonyl
鉄に一酸化炭素が配位した錯体。純鉄カルボニル分子としては[Fe(CO)5],[Fe2(CO)9],[Fe3(CO)12]があり,純鉄カルボニルイオンとしては[Fe(CO)4]2⁻,[Fe2(CO)8]2⁻,[Fe3(CO)11]2⁻,[Fe4(CO)13]2⁻がある。このほか他の配位子を含む多数の誘導体が知られている。
ペンタカルボニル鉄(0)
化学式Fe(CO)5。酸化鉄(Ⅲ)を還元して得た粉状の鉄を,一酸化炭素中,200気圧で180~200℃に加熱すると得られる。淡黄色液体。融点-20℃,沸点103℃,比重1.46(20℃)。分子構造はCOのCが酸化数0の鉄に配位した三方両錐形五配位錯体である(図)。光を当てるとFe2(CO)9とCOとに分解する。水に不溶,ベンゼン,石油エーテル,エーテル,アルコール,アセトン,氷酢酸,四塩化炭素などに可溶。液体塩化水素と反応してヒドリド錯体[Fe(CO)5H]⁺を生じ,アルカリ水溶液によりヒドリド錯体[Fe(CO)4H]⁻を生ずる。有用な脱ハロゲン化剤およびカルボニル化剤で,たとえばSnCl2と反応してSn[Fe(CO)4]4のような異種金属をもつ多核カルボニル錯体を生ずる。気体を200~250℃に加熱すると純鉄が得られ,これは電磁気材料,合金,触媒,粉末冶金等に用いられる。褐色瓶に入れ,冷暗所に貯蔵する。有毒。市販品がある。
エンネアカルボニル二鉄(0)
化学式Fe2(CO)9。Fe(CO)5を氷酢酸に溶かし,光を照射すると得られる。金属光沢のある橙黄色板状結晶。比重2.085(18℃)。室温では安定であるが,100~120℃で分解してFe(CO)5となる。高真空中では35℃で昇華する。分子構造は,三つのCOが二つのFeに橋架けした複核錯体で,反磁性を示すことからFe-Fe結合を含むと考えられる。有機溶媒に不溶。多くの有機溶媒と反応してFe(CO)5,あるいはその置換体を生ずる。
ドデカカルボニル三鉄(0)
化学式Fe3(CO)12。Fe(CO)5とNaOHとから[FeH(CO)4]⁻をつくり,これをMnO2で酸化するか,あるいは[Fe2(CO)9]を有機溶媒中で加熱すると得られる。暗緑色板状結晶,六方晶系。比重1.996(18℃)。反磁性。140℃で分解。分子構造は[Fe2(CO)9]の構造中,一つの橋架けCOをFe(CO)4で置き換え,Feが正三角形になって橋架けをした非対称な三核クラスター錯体と考えられる。水には不溶,有機溶媒およびFe(CO)5に溶ける。光を断てば空気中でかなり安定である。長時間保存する場合には窒素中に保存する。このさい発火性物質を生ずることがあるので注意を要する。少量のメチルアルコールで安定化した市販品がある。
誘導体
ハロゲン化物としてFe(CO)4X2,Fe(CO)5X2,Fe(CO)2X2,Fe(CO)2X,Fe2(CO)8I2などがあり,ヒドリド錯イオンとしては[Fe(CO)4H]⁻,[Fe2(CO)8H]⁻,[Fe3(CO)11H]⁻,[Fe4(CO)13H]⁻がある。各種のアンミン,アミン,ホスフィン,イソニトリル,チオアルコールなどの配位したものが知られており,π錯体としては[Fe(CO)3X](X=ブタジエン,シクロブタジエン,1,5-シクロオクタジエンなど),[Fe(C5H5)(CO)2]2(C5H5=シクロペンタジエニル)などがある。そのほか,硫化物錯体[Fe3S2(CO)9],ニトロジル錯体[Fe(CO)2(NO)2],炭化物錯体[Fe5(CO)15C]などがある。
執筆者:近藤 幸夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報