日本歴史地名大系 「長曾郷」の解説
長曾
郷
ながそねごう
正平年間(一三四六―七〇)金太郷惣判官代職とともに長曾禰郡司職をめぐる相論が生じている。同七年一二月、和泉御家人和田蔵人助氏が父助康より譲与された「河内国金太郷惣判官代職長曾禰郡司職等」を国宣により安堵されていたところ、同年一〇月一三日の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
郷正平年間(一三四六―七〇)金太郷惣判官代職とともに長曾禰郡司職をめぐる相論が生じている。同七年一二月、和泉御家人和田蔵人助氏が父助康より譲与された「河内国金太郷惣判官代職長曾禰郡司職等」を国宣により安堵されていたところ、同年一〇月一三日の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...