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四方拝 しほうはい

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

四方拝
しほうはい

1月1日に行われる朝廷の行事。寅の刻に,天皇が清涼殿の東庭に出御して,天地,四方および山陵を拝し,年災を払い,皇位の長久を祈る儀式。宇多天皇の寛平2 (890) 年に行われたという記録が古い。

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デジタル大辞泉の解説

しほう‐はい〔シハウ‐〕【四方拝】

《近世は「しほうばい」とも》1月1日の早朝に行われる皇室祭祀(さいし)。天皇が清涼殿の東庭に出て、属星(ぞくしょう)・天地四方・山陵を拝し、五穀豊穣天下太平を祈る。明治以降は神嘉殿で、皇大神宮豊受大神宮四方の神々を拝することに改められた。 新年》「―果ててや木々に風渡る/鳴雪

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百科事典マイペディアの解説

四方拝【しほうはい】

年のはじめに天地四方を拝して年災をはらい豊作を祈る儀式。古くから行われたが,平安に入って年頭恒例の儀式となり,天皇以下広く庶民の間でも行われた。天皇は元朝寅(とら)の刻,清涼殿東庭に設けた座で行った。
→関連項目元日建武年中行事歳旦祭天長節

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世界大百科事典 第2版の解説

しほうはい【四方拝】

年の初めに天皇が天地四方および山陵を拝して,年災をはらい,幸福無事を祈る儀式。清涼殿東庭に屛風八帖を立て,なかに高机三所を置き,香炉と灯台(燭台のこと),造花を供え,天皇は元朝の寅刻,屛風のなかに入り,北に向かって属星(しよくじよう),ついで天,西北に向かい地,次に四方,山陵を拝する。天皇は,これより以前に理髪,湯浴をすまし,式場に進む。その起源は642年(皇極1)8月に皇極天皇が南淵の河上で四方を拝し雨を祈ったのを例とするが,これは正月ではない。

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大辞林 第三版の解説

しほうはい【四方拝】

一月一日に行われる皇室祭儀。四大節の一。明治以前は元旦寅の刻に天皇が清涼殿の東庭で属星ぞくしようを唱え、天地四方・山陵を拝して年災を払い、五穀豊穣・宝祚ほうそ長久を祈った。現在は神嘉殿の南座で伊勢皇大神宮・天地四方に拝礼する。陰陽道おんようどうに由来。 [季] 新年。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

四方拝
しほうはい

朝廷の年中行事。天皇が元日の早朝に天地四方を拝する儀式。清涼殿(せいりょうでん)の東庭に4帖(じょう)の屏風(びょうぶ)で周囲を囲った中に御座を設け、その前に白木の机を置き、花や灯火を供える。寅(とら)の刻(午前4時)、天皇が黄櫨染(こうろぜん)の袍(ほう)を着して出御し、まず呪文(じゅもん)を唱えて属星(しょくじょう)(その人の運命を支配するとされる星)を拝し、さらに天地と東西南北の四方を拝してから、父母の山陵を拝する。起源は中国で、平安時代初期に取り入れられて以来、連綿と継続した。とくに明治維新後も存続して現在に及んでいるのは、きわめて特異な朝儀といえよう。ただし明治以後は皇居内の神嘉殿(しんかでん)の南庭で、伊勢(いせ)の両宮と四方の諸神を拝することになった。なお、朝廷以外でも公卿(くぎょう)諸臣の家で、元日の朝四方を拝する儀式が行われた。[酒井信彦]

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世界大百科事典内の四方拝の言及

【北極星】より

…密教の北辰北斗信仰はやがて日本にもたらされたが,東密では北辰を妙見菩薩,台密では尊星王と呼び,北斗法,妙見供,尊星王法などと称する修法を盛んに行って,国土安寧,玉体安穏を祈願した。宮中では,平安時代以後,元日の四方拝に際して天皇みずから北斗の神号を称え,北辰に向かって属星を拝し,毎年3月3日と9月3日の両日には北辰に灯を献ずる御灯,北辰祭を行った。また,陰陽寮では病気や天変地異に当たって北辰を祭る玄宮北極祭をしばしば行うなど,密教,道教の北辰北斗信仰に基づく行事が盛んであった。…

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