長谷川昇(読み)はせがわ のぼる

美術人名辞典の解説

長谷川昇

洋画家。福島県生。東美校西洋画科で黒田清輝師事する。ルノワール・セザンヌに傾倒、欧州を巡遊後、日本美術院洋画部同人となり、のち春陽会創立に参加する。同会退会後は官展に出品する。日本芸術院会員。代表作に「オランジュ持つ女」「母性」があり、豊麗な色彩の裸婦・人物を得意とした。また歌舞伎役者絵・文楽人形絵でも知られる。昭和48年(1973)歿、87才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長谷川昇 はせがわ-のぼる

1886-1973 大正-昭和時代の洋画家。
明治19年5月11日生まれ。黒田清輝に師事。明治44年フランスにわたり,ルノワールらに傾倒。大正11年春陽会の創立に参加,のち新文展,日展に出品。晩年はユニークな歌舞伎役者絵をかいた。昭和32年芸術院会員。昭和48年8月26日死去。87歳。福島県出身。東京美術学校(現東京芸大)卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長谷川昇
はせがわのぼる
(1886―1973)

洋画家。福島県会津若松生まれ。北海道で祖父母に養育され、1905年(明治38)東京美術学校西洋画科に入学。在学中第2回文展に初入選、10年に卒業し、第4回文展に『白粉(おしろい)』が入選、褒状を受ける。翌年渡仏し、15年(大正4)帰国して日本美術院洋画部同人となる。21年再度渡仏するが、翌年帰国して春陽会の創立に参加、裸婦像や人物像を発表した。38年(昭和13)春陽会を退会し、41年文展審査員となり、以後、文展、日展に出品。57年(昭和32)日本芸術院会員となる。晩年は、油絵による歌舞伎(かぶき)役者絵、文楽(ぶんらく)人形絵に情熱を傾けた。[小倉忠夫]

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