コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

阪本清一郎 さかもと せいいちろう

3件 の用語解説(阪本清一郎の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阪本清一郎 さかもと-せいいちろう

1892-1987 大正-昭和時代の部落解放運動家。
明治25年1月1日生まれ。阪本清俊の甥(おい)。生家は奈良県の地主。大正11年西光万吉(さいこう-まんきち)らと全国水平社を創立,中央執行委員となる(水平社は阪本の命名)。のち労働農民党中央委員。戦後,部落解放同盟中央委員をつとめた。昭和62年2月19日死去。95歳。成器商業卒。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阪本清一郎
さかもとせいいちろう
(1892―1987)

社会運動家。奈良県生まれ。被差別部落のなかでも裕福な地主・膠(にかわ)製造業者の次男として生まれ、商業学校卒業後、中国に渡って放浪、帰郷後差別からの脱出を目ざしてセレベス(スラウェシ)島移住計画をたてる。1919年(大正8)西光万吉(さいこうまんきち)らと燕(つばめ)会を結成、部落内の改革運動を始める。21年佐野学(まなぶ)の影響で部落解放運動を構想するが、水平社の名称は阪本が名づけた。22年全国水平社創立とともに中央委員となり水平運動に活躍、27年(昭和2)労働農民党中央委員となる。29年大和(やまと)無産統一党結成の中心となり、30年全国水平社中央委員会議長に就任、31年の舟木医師事件の大衆運動を指導するが、これを機に運動から引退する。34年西光万吉らと国家社会党の機関紙的な『街頭新聞』を発刊し、35年協同経済厚生会を組織して会長となり、部落経済改善運動に従事する。敗戦後は部落解放全国委員会顧問に就任、55年(昭和30)部落解放同盟中央委員となり、75年、国民融合を目ざす部落問題全国会議代表幹事となる。[赤澤史朗]
『奈良県水平運動史研究会編『奈良県水平運動史』(1972・部落問題研究所)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

阪本清一郎の関連キーワード竹下登内閣イタリア映画横山めぐみMAGUMIマンガ日本経済入門朝鮮映画バブル経済横浜事件シェール多段階記述様式

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone