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被差別部落 ひさべつぶらく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

被差別部落
ひさべつぶらく

中世末期ないし近世初期の封建社会において,身分的・社会的に厳しく差別された人々が限定された地域に定住することにより形成された集落未解放部落部落ともいわれるが,行政的には同和地区と呼ばれる。江戸幕府は身分制度の確立に際し,士農工商の下に「賤民」という身分を設け,されにこれを「穢多」「非人」に分けて固定した。賤民とされた人々は,社会・経済活動や他の身分の人々との交流,居住地域などを制限された。明治政府は封建的身分制度を撤廃し,明治4(1871)年,賤民の身分を廃止する「身分解放令」を布告したが,被差別部落出身者に対する差別はなくならなかった。1922年に被差別部落の自主解放を目指して部落の青年らが水平社を結成し,部落解放運動に立ち上がった。今日もなお,就職,婚姻などに際し,これらの人々への社会的差別は根絶されていない。(→同和問題部落地名総鑑問題

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デジタル大辞泉の解説

ひさべつ‐ぶらく【被差別部落】

近世初期以降、封建的身分制で最下層に位置づけられた人々を中心に形成され、現在もさまざまな差別を受けている地域。明治4年(1871)の解放令によって法的差別は解消されたが、社会的差別や偏見、それに伴う人権侵害は解消されてはいない。未解放部落。

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百科事典マイペディアの解説

被差別部落【ひさべつぶらく】

1871年8月の〈太政官布告(解放令)〉によって平民に編入されたにもかかわらず,その後も賤視され,職業,婚姻などに関わる様々な社会的差別を受け続けてきた地域。 歴史的には古代身分制の解体過程,中世的な被差別民の成立の中に被差別部落の源流があるとする考えが有力である。
→関連項目河原巻物狭山事件識字運動同和教育部落解放同盟

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世界大百科事典 第2版の解説

ひさべつぶらく【被差別部落】

都市部,農山漁村部のいかんを問わず,特別な差別意識により,交際,婚姻,就職等々の面での厳しい差別をこうむりつづけてきている集落を指す。別に〈未解放部落〉ともいい,行政上は〈同和地区〉と称する。しかし,これらの呼称はまだ必ずしも全国的に普及しきっているとはいいがたく,ことに,被差別部落に対する差別の撤廃のための啓発活動が行政,教育などの面で積極的に推進されていない地方では,伝統的に受け継がれてきた独特の差別呼称が,こんにちもなお日常生活の陰陽両面で用いられているのが実情である。

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大辞林 第三版の解説

ひさべつぶらく【被差別部落】

近世以降、封建的身分制度のもとで最下層に位置づけられた人々を中心に形成され、今なおさまざまな形で差別を被っている地域。1871年(明治4)の太政官布告により法制上の差別は撤廃されたが、現在に至るも社会的な差別や人権侵害が残っており、部落解放運動が続けられている。部落。未解放部落。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

被差別部落
ひさべつぶらく

おもに近世における賤民(せんみん)的身分に起因して差別を受けている人々が居住する地域をさす。近代以後の政策による移転や流入等によって必ずしも近世の賤民居住地域と一致するわけでない。
1871年(明治4)、明治政府は「解放令」を「一君万民」と開化政策の一貫として発布したため、被差別部落の人々にとって「開化」は差別からの解放を意味し、彼らは「一君万民」思想にも取り込まれながら、教育や生活改善を通じて「開化」実現をめざすが、部落外の人々は「旧習」に則り、差別・排除を行おうとする。1880年代になると部落の経済的窮乏が進行し、コレラの流行などとも相まって、被差別部落に対して不潔・病気・異種といった徴表が付与されていく。さらに明治民法制定にともなう「家」意識の浸透は、「異種」と見なされる被差別部落の人々を自らの「血筋」や「家」から排除する方向に作用した。
 日露戦後に全国的に展開された部落改善政策は、被差別部落を個人の恣意(しい)では変わりえない人種を異にした存在であるとする認識を民衆レベルに浸透させ、内務省や府県当局が使用した「特殊(種)部落」という呼称が、それまでの「新平民」に替わって定着する。しかし被差別部落側からの不満も噴出し、内務省や民間融和団体帝国公道会は融和政策に転じていく。
 1918年(大正7)の米騒動と1922年の全国水平社結成は社会に部落問題の重要性を再認識させ、水平社による差別問題の告発を受けて1925年中央融和事業協会が設立されて本格的な政策が展開される。またデモクラシーの潮流のなかで普遍的平等思想が社会的に認知されたことも大きな意味をもった。しかしそれは部落差別解消には直結せず、1930年代以後戦時体制が進行するなかで、社会の側の差別意識を内包したまま、部落問題は「国民一体」というたてまえのなかに解消されていった。
 戦後は、基本的人権の尊重を謳った日本国憲法のもとで部落解放運動が再開され、1965年(昭和40)の同和対策審議会答申は、部落問題を「国の責務」として認めるに至る。それを受けて同和対策事業が実施され、部落内外の住環境や経済面の格差はかなり解消したが、ねたみ差別意識や「エセ同和」など新たな問題も生じた。また、2002年には特別措置法も廃止されたが、今なお存在する差別を等身大にとらえつつ、いかにそれに向き合うかという模索が続けられている。[黒川みどり]
『黒川みどり・藤野豊編著『近現代部落史』(2009・有志舎) ▽黒川みどり著『近代部落史――明治から現代まで』(2001・平凡社)』

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世界大百科事典内の被差別部落の言及

【えた】より

…1871年(明治4)8月28日,明治新政府は〈太政官布告〉を発して,〈非人(ひにん)〉の呼称とともにこの呼称も廃止した。しかし,被差別部落への根強い偏見,きびしい差別は残存しつづけたために,現代にいたるもなお被差別部落の出身者に対する蔑称として脈々たる生命を保ち,差別の温存・助長に重要な役割をになっている。漢字では〈穢多〉と表記されるが,これは江戸幕府・諸藩が公式に適用したために普及したものである。…

※「被差別部落」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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