阿嘉村
あかむら
[現在地名]座間味村阿嘉
座間味島の南西に位置する阿嘉島などを村域とする。赤島とも記される。島の南部にある集落は丘陵を背に海浜に向かって東西に細長く延びるように形成され、古くは西側をマタキ、東側をシムンダカリと称した。クサトゥという丘陵の上の方に拝所があり、頂上付近にもグスクとよばれる拝所が仕立てられている。「琉球国由来記」にみえる祭祀はスヾキヨ御嶽(神名トモヨセ)、仲森御嶽(神名ヨキヤアガリ)、コバウ御嶽(神名モチヅキ)、久場島御嶽(神名クセツキヨ)、奥ノ大地御嶽(神名ヤイキヤサ)、奥ノクハゼ御嶽(神名オシカケ)、慶留真御嶽(神名ミヨコム)など。尚真王の代、天孫氏の後裔富里大比屋と慶留間大比屋の親族が居住したことが当村の始まりと伝える(明治三八年作成「阿嘉・慶留間由来記」)。
阿嘉村
あーかむら
[現在地名]久米島町阿嘉
仲里間切北東部に位置し、北西は比屋定村、南東は真謝村。北東部は東シナ海に面した急崖で、村落は断崖の下方にある。仲里城(現宇江城グスク)城下の人が当地に移居し「あかのひや」(阿嘉の比屋)を称したのが村立ての始まりという(久米仲里旧記)。絵図郷村帳に「赤村」とみえる。琉球国高究帳では赤村の高頭五四石余、うち田四〇石余・畠一四石余。当村は大部分が水利が悪く天水田で、旱損被害が多かった。雍正六年(一七二八)集落の後背地の宇座原を開削し宇座原池を築造。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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