日本大百科全書(ニッポニカ) 「難視聴地域」の意味・わかりやすい解説
難視聴地域
なんしちょうちいき
difficulty viewing-and-listening area
テレビ放送の電波が十分に届かず、視聴することができなかったり、良好な映像を得ることができなかったりする地域。難視区域ともいう。山で電波が遮られる山間部や、電波塔から遠距離にあり電波の強さが弱くなる離島などにおいて生じる。しかし電波の強さが十分な都市部でも、大きな建物や高速道路などに遮られて電波の受信が妨げられ、局所的な難視聴地域が生じることがある。これは都市型難視聴地域とよばれるものである。
アナログテレビ放送の時代は、中継放送局(サテライト局)の建設と、共同視聴施設の設置で対応がなされた。しかし山間僻地(へきち)や離島でこれらの施設を設置するには、経費と時間がかかりすぎるため、1984年(昭和59)から放送衛星「ゆり2号a」による、総合テレビの試験放送が開始された。小笠原(おがさわら)(父島、母島)と南大東島には、放送衛星からの電波を受けて放送する中継放送局も設けられた。1986年12月からは、放送衛星「ゆり2号b」によるテレビ2チャンネルの試験放送が行われ、NHKでは1989年(平成1)6月から衛星による本放送を開始、1991年からは民間放送も開始された。
都市型難視聴地域は、建造物の高層化につれて増加している。アナログ放送の時代には、ビル共同受聴などの受信改善対策を行うほか、良好な画質の得られる地点で放送電波を受信し、これをSHFの電波に変換して再送信するSHF放送や、反射を生ずる建物にフェライト板をつけて電波を吸収し、反射を軽減する方法などが行われて、一応の成果を収めた。
2012年(平成24)3月にテレビジョンが地上デジタル放送に完全移行すると、テレビジョンは高画質となり、利便性も向上したが、アナログ放送時代よりも難視聴地域が多く発生するようになった。地上デジタル放送に使われるUHF電波は、アナログ放送で使われたVHF電波よりも電波の波長が短いため光に似た性質が強く、障害物の陰に電波が回り込むことができない。その結果、山やビルによる受信障害が多くなったのである。その対策にはいくつかの方法がとられている。
基本的なものは受信障害対策中継放送局の設置である。受信障害対策中継放送局は、小電力の地域的な中継放送局で、条件のよい場所で東京スカイツリーなどの電波塔から放射された地上波放送を受信し、すべての放送番組に変更を加えないで周波数や電波の偏波様式を変えて、リアルタイムで再放送するものである。サテライト局、あるいはすきまを埋めるという意味でギャップフィラーgap fillerなどとよばれる。アンテナの出力電力は50ミリワット以下、カバーする受信範囲は半径1ないし2キロメートル程度である。受信障害対策中継放送局は、地上デジタル放送の開始とともに順次設置が進められ、日本全国には多数の中継放送局がきめこまかく設置されて、難視聴地域はほぼ解消されている。なお、電波の伝搬様式には、波が水平方向に振動しながら伝搬する水平偏波、波が垂直方向に振動しながら伝搬する垂直偏波、波が円形に振動しながら伝搬する円偏波などがある。地上デジタル放送の電波には、水平偏波と垂直偏波が使われる。様式の選択は、送信アンテナおよび受信アンテナの調整で行うことができる。二つの様式の波は互いに干渉し合うことがないため、うまく使い分けることで、似通った周波数を採用する放送局が近接して設置されても、干渉による障害を避けることができる。ちなみに東京スカイツリーから放出される電波の様式は水平偏波である。
難視聴地域の解消のために暫定的に衛星放送も利用された。これは、受信障害対策中継放送局の設置が完備するまで、解決されていない難視聴地域を対象に、衛星放送を利用して地上デジタル放送の番組を視聴できるようにする暫定的なサービスである。しかし、受信障害対策中継放送局の設置完了に伴い、このサービスは2015年3月末に終了した。
都市型難視聴地域の解消に有効な手段の一つに、高い電波塔の設置がある。前述のように、地上デジタル放送のUHF電波は光に似た性質が強く、高層ビルの多い都市部で都市型難視聴地域の発生が問題になる。電波塔をより高くして送信アンテナを高い位置に設置すれば、高層ビルの陰になる範囲を少なくすることができる。2013年5月に電波塔としての運用を開始した東京スカイツリーはこのような構想を具体化したもので、東京タワーの2倍近い634メートルの高さをもっている(アンテナからの送信電力は東京タワー時代と同じで、カバーする視聴地域の範囲は変わらない)。東京スカイツリーの主要な目的は都市型難視聴地域の解消であり、その稼働によって、首都圏における地上デジタル放送の難視聴地域は大幅に軽減された。東京スカイツリーの稼働によっても、なお残る難視聴地域には、共同受聴やケーブルテレビの利用などの対応策がとられる。
[吉川昭吉郎]