飯田龍太(読み)いいだりゅうた

百科事典マイペディアの解説

飯田龍太【いいだりゅうた】

俳人。山梨県生れ。日本の近代俳句に大きな足跡を残した飯田蛇笏の四男。国学院大学文学部国文科卒。卒業論文は〈芭蕉の悲劇性の展開〉。1954年第一句集《百戸の谿(たに)》を出版,戦後俳壇の新鋭として注目を集める。1957年現代俳句協会賞を受賞,1968年第四句集《忘音》で読売文学賞を受賞。蛇笏主宰の俳誌雲母》を父の死後継承し,蛇笏没後30年にあたる1992年に900号をもって終刊した。現代的な感覚溢れる瑞々しい叙情性が特徴の作風で知られ,現代俳句の第一人者と評される。郷里山梨において,山梨県立文学館の創設などに尽力した。句集に《童眸》《春の道》《山の木》《涼夜》《山の影》《遅速》など。《飯田龍太全集》全10巻が2005年に完結。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

飯田龍太
いいだりゅうた
(1920―2007)

俳人。山梨県生まれ。父は俳人の飯田蛇笏(だこつ)。国学院大学卒業。1941年(昭和16)より作句、1947年に『雲母(うんも)』の編集担当。1962年蛇笏の没後、『雲母』を継承し、主宰として優秀な俳人を輩出した。山梨県境川村(現、笛吹(ふえふき)市)に根をおろし、自然と向き合いながら感性豊かな作品をつくり続け、昭和俳句を代表する俳人として独自の作風を確立し、俳壇内外の高い評価を得るに至った。1992年(平成4)突然『雲母』の終刊を宣言して事実上俳壇から引退し、以後作品を発表しなかった。1957年第6回現代俳句協会賞、1969年第4句集『忘音』により第20回読売文学賞、日本芸術院賞恩賜賞などを受賞。日本芸術院会員。句集に『百戸の谿(ひゃっこのたに)』(1954)、『忘音』(1968)、『今昔』(1982)、『山の影』(1985)、『遅速』(1991)など。随筆集『無数の目』(1972)など。[鷹羽狩行]
 紺絣(こんがすり)春月重く出でしかな
『『句集 今昔』(1981・立風書房) ▽『自選自解飯田龍太句集』(1984・白凰社) ▽『句集 山の影』(1985・立風書房) ▽『飯田龍太文集』第1~3巻(1988・筑摩書房) ▽『句集 遅速』(1991・立風書房) ▽『飯田龍太――花神コレクション「俳句」』(1992・花神社) ▽飯田龍太著『遠い日のこと』(1997・角川書店) ▽『飯田龍太全集』全10巻(2005・角川書店) ▽俳句研究編集部編『新編 飯田龍太読本』(1990・富士見書房) ▽福田甲子雄著『飯田龍太の四季』(2001・富士見書房) ▽友岡子郷著『飯田龍太鑑賞ノート』(2006・角川書店)』

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