改訂新版 世界大百科事典 「香奠」の意味・わかりやすい解説
香奠(典) (こうでん)
葬儀に際して喪家へ贈られる金銭・物品のこと。語源的には奠は供えるの意であり死者への供物を指しているが,出産・婚礼などと違い不意に執行される葬儀の経費を分担し喪家の負担を軽減する合力協助が趣意となっている。そのため今日では香奠は金銭のみをいう場合が普通であり,供物等の品はその従として香奠とはみなされない傾向にある。しかし,金銭を主に充てるようになったのは比較的新しい形態であり,地方の農村部ではいまだ物品ことに米や餅などの食料がその中心の贈与対象となっている。各地に伝わるこの贈与習慣をみると,親族とそれ以外の者との間に内容の違いがあるのが普通であり,金銭のみの一般弔問者に対し,親族の場合はこのほかに仏米(ほとけまい)・仏供米(ぶくまい)などと称し1升から5升程度の少量の米を関係の遠近によって一定量贈るならわしのところが多い。米のほか1~2升の酒や強飯・野菜なども持参されるが,さらに親族の中でも近親者が施夜(せや)・茶受(ちやうけ)などと称し仏米とは別に一俵香奠や1斗分の餅や酒など多量の食料を贈る地方もある。これは会葬者の食事に供される。壱岐では死者の血族が米1升を持ち寄り〈火の飯〉と称して別火の食事をするが,本来香奠とはこうした忌のかかる親族が死者やその家族と共同飲食するために持参する食料ではなかったかといわれている。それが忌の観念の変化から一般弔問者も喪家で食事をとるようになり,中には煙絶ち,鍋止めと称し全村が共食するところもあるが,葬儀が盛大になるにつれて近親者による多量の香奠も生まれ,また葬費を分担する意味をもつに至ったものと説かれている。なお一般弔問者のうち村内居住者の村香奠をツナギ,ツラヌキ,ヌキと呼ぶ地方が多いが,これは銭緡(ぜにざし)に穴銭を通す意であり各戸同額の拠出を示している。また贈与された半額程度の品を返礼する香奠返しの習俗は,都市部では一般的であるが,いまだ行われていない地方も広く,農村部にみられる喪家主催の忌明けの共食の宴から派生した習俗といわれている。
執筆者:岩本 通弥
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報