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香港映画 ホンコンえいが

世界大百科事典 第2版の解説

ホンコンえいが【香港映画】

1970年代初めに,《ドラゴン危機一発》(1972)など,ブルース・リーBruce Lee(1940‐73)の一連の主演作に代表される〈クンフー(功夫)映画〉(中国語のウェード式ローマ字表記kung fuを英語読みにして〈カンフー映画〉とも)が世界的なブームを巻き起こして注目を浴びて以来,香港映画は〈クンフー映画〉の代名詞ともなって世界中に知られている。〈クンフー〉とは広東方言で護身用の格闘技のことで,中国拳法による格闘を主体としたアクション映画が〈クンフー映画〉と総称されるが,徒手空拳の闘いだけでなく武器を用いた諸々の中国武術による闘いを描いた映画(すなわち〈武俠片〉。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

香港映画
ほんこんえいが

香港では古くから東南アジア一帯の福建(ふっけん/フーチエン)語系の華僑(かきょう)たちのための映画がつくられていた。日中戦争中、上海(シャンハイ)の映画界は日本の支配下で映画をつくることを余儀なくされたため、そこで仕事をしていた有力な映画人たちの一部は戦後に対日協力者とみられて上海に残ることがむずかしくなり、香港に移って映画をつくった。なかには朱石麟(しゅせきりん/チューシーリン)監督の『清宮秘史』(1948)のように中国本土でも日本でも公開された北京(ペキン)語映画の大作もあり、香港映画の水準も高まった。
 中国本土の映画がつねに政治状況に大きく左右されるのに対して、香港はイギリスの植民地であったためにイデオロギーからは自由であり、商業で栄えた土地柄から商業主義に徹した徹底娯楽映画で特異な発達をするようになった。1955年には溝口健二(みぞぐちけんじ)の『楊貴妃(ようきひ)』が日本の大映と香港のショー・ブラザースとの合作でつくられ、1960年代には日本から中平康(なかひらこう)や井上梅次が招かれるなど、国際化の努力が続けられた。1960年代、1970年代には香港映画は大きく発展して、東南アジア一帯から世界市場に進出する。監督では台湾と香港を往復しながらトリック撮影による耽美(たんび)的なまでの華麗な立回りをつくりだした胡金銓(キン・フー、1931―1997)の活躍が目覚ましく、その影響下で1980年代には武侠(ぶきょう)映画の黄金時代が築かれた。
 これと平行してカンフー映画に俳優のブルース・リーが現れて、スーパースターとなって世界的な人気を得た。1973年に彼は急死するが、そのあとをジャッキー・チェンが受け継いで1980年代にも人気が続いた。武侠映画もカンフー映画も京劇のアクロバット的な演技を土台にして映画的に発展させたものである。
 1970年代のなかばになると、以上のような商業映画の流れとは別に、テレビ局の報道番組のディレクターなどから映画に進出する人たちが現れるようになった。彼らは前述したような伝統芸能派ではなく、ヨーロッパで学んだり社会的関心も強かったりして、中国語映画でありながら政治的、思想的には自由であるという香港の独自の立場に根ざしたユニークな新しい知的な映画の流れを生み出した。許鞍華(アン・ホイ、1947― )の『客途秋恨』(1990)は、母親が日本人である彼女の自伝的な作品で、中国の家族の嫁となった日本人の母親のつらさ、社会主義の本土を逃れてきた祖父母の望郷の思い、そしてイギリスで学んで香港でどう生きるかを悩む彼女自身を真摯(しんし)に描いている。
 関錦鵬(スタンリー・クワン、1957― )の『阮玲玉(ロアンリンユィ)』(1991)は、1930年代の上海映画界のスーパースターだった阮玲玉(1910―1935)の伝記映画で、一見コスモポリタンの香港映画人の、実は中国の国内の革新派にいかに強いあこがれをもってきたかという心情を吐露したものである。
 王家衛(ウォンカーウァイ)は、根なし草的な香港人のなかで育(はぐく)まれたコスモポリタン的な感覚を、しゃれたモダンなタッチで表現して、国際的に高く評価された。2000年の『花様年華(かようねんか)』はその代表作である。
 1997年、香港はイギリス植民地としての歴史を閉じ、中国に返還された。それまで自由に映画をつくることができた立場がどうなるか気遣われ、一部の映画人はハリウッドなどに去った。しかし、とりあえず従来の方式は継続され、本土での上映は中央政府の検閲を受けなければならないが、それ以外は自由である。
 1997年の許鞍華の『千言萬語(ばんご)』は1980年代における香港の学生や知識層の人権闘争や民主化運動を回顧した映画である。政治思想的に非常に自由な視点でつくられており、本土ではとうていつくられそうにない作品である。
 2002年の劉偉強(アンドリューラウ)(1962― )の『インファナル・アフェア』は香港ノワール(香港製の犯罪映画)、香港アクションの集大成のような傑作である。警察とマフィアが相互に二重スパイを相手側に送り込んでいて、その2人の間に友情と背信が成り立つという皮肉なドラマである。そこには、中国と西洋の間の二重スパイ的存在であることを余儀なくされてきた香港の立場が集約されているような趣(おもむき)があり、単なるエンタテインメントを超えた悲痛な思いがこもっている。
 2011年の許鞍華の『桃(タオ)さんのしあわせ』も重要な作品であり、また大ヒット作である。長年メイドとして誠実に働いた桃さん(ディニー・イップDeanie Ip、1947― )という女性が、病に倒れてから亡くなるまで文字どおり家族の一員として温かく遇されたという、香港映画には珍しいホームドラマである。これは老人問題映画でもあり、中国的主従観を超えた家族のありかたを描いた秀作である。[佐藤忠男]
『佐藤忠男著『アジア映画』(1993・第三文明社) ▽門間貴志著『アジア映画にみる日本1 中国・香港・台湾編』(1995・社会評論社) ▽佐藤忠男編著『アジア映画小事典』(1995・三一書房) ▽冬門稔弐他著『香港電影城――香港映画スーパーガイド1~5』(1995~1998・小学館) ▽伊藤卓・徳木吉春編『香港電影広告大鑑1~3』(1995~1997・ワイズ出版) ▽戸張東夫著『スクリーンの中の中国・台湾・香港』(1996・丸善) ▽暉峻創三著『香港電影世界――アジアン・ウェイヴ』(1997・メタローグ) ▽『香港ムービーツアーガイド完全版――香港映画の全てがわかる』(1997・ビー・エヌ・エヌ) ▽上野彰著『香港ノスタルジア――その社会と映画』(1997・凱風社) ▽「香港電影通信」編集部編『決定版!!香港電影通信』(1998・プレノン・アッシュ) ▽西本正・山田宏一・山根貞男著『香港への道――中川信夫からブルース・リーへ』(2004・筑摩書房) ▽野崎歓著『香港映画の街角』(2005・青土社) ▽邱淑著『香港・日本映画交流史――アジア映画ネットワークのツールを探る』(2007・東京大学出版会)』

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