骨盤内感染症

EBM 正しい治療がわかる本 「骨盤内感染症」の解説

骨盤内感染症

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 おもに性交渉により、細菌が腟(ちつ)、子宮頸部(けいぶ)から子宮内を通過し、卵管采(らんかんさい)(卵管の卵巣側の端)から骨盤内へ感染が広がり、卵巣や卵管、子宮など骨盤のなかにある臓器を覆っている薄い膜(骨盤腹膜(ふくまく))に炎症がおきる病気の総称です。
 腹膜が刺激されることで下腹部が持続的に痛むほか、内診時の痛みや、さらに高熱(38~40度の発熱)、おりものの増加、不正出血、悪寒(おかん)、吐き気や下痢(げり)といった症状をおこします。
 炎症によって子宮から卵管卵巣に膿(うみ)がたまる卵管卵巣膿瘍(のうよう)や、骨盤腹膜に膿がたまってくると、膀胱(ぼうこう)や子宮と直腸の間のすき間であるダグラス窩(か)(直腸子宮窩)という場所に膿がたまって、ダグラス窩膿瘍ができることもあります。
 この場合、軽度の腹痛のほか、下痢や便秘になります。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 発症の8割以上が若い女性や閉経前の女性で、性行為による淋菌(りんきん)やクラミジアが原因の骨盤内感染がもっとも多くみられ、マイコプラズマの一種(Mycoplasma genitalium)からの感染も増えています。あとの15パーセントほどが閉経後の女性で、複数の細菌(大腸菌、腸内嫌気性菌(けんきせいきん)やブドウ球菌など)による感染が原因となります。細菌は腟、子宮頸部を通り子宮内から骨盤内へ感染が広がります。
 卵巣や卵管の炎症(急性卵巣炎・卵管炎など)が広がった場合や、急性虫垂炎(ちゅうすいえん)の穿孔(せんこう)(穴があく)などによる場合があります。
 タンポンの連続使用(取り替えずに同じものを何時間も使用する)、子宮体がん健診(子宮内膜診)、IUD(子宮内避妊器具)などが原因となることもあります。最近のIUD(子宮内避妊器具)が原因となることはまれですが、挿入してから3週間は骨盤内感染症の原因となるリスクがあります。
 クラミジアの場合は痛みや、その他の症状が少ない「無症候性(asymptomatic)骨盤内感染症」もよくみられます。
 そのほか、結核菌による卵管炎や後天性免疫不全症候群が原因となって、骨盤内感染症が引きおこされることもあります。
 最初に発病した際に治療が適切に行われない場合、慢性化して治りにくくなります。

●病気の特徴
 若い女性に多い病気ですが、とくに淋菌感染症クラミジア感染症にかかっていると骨盤内感染症になるとされ、淋菌のほうがより骨盤内感染症に進行しやすいといわれています。(1)


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]定期的な検査によってクラミジア感染の有無を確認する
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって、性的に活発な女性(25歳以下の女性)が定期的にクラミジア感染の検査を受けると、骨盤内感染症の発症率を低下させるということが確認されています。(2)(3)

[治療とケア]ほかの性行為感染症の有無も調べる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 性行為感染症による骨盤内感染が原因として疑われる場合には、クラミジア、淋菌、HIV、梅毒への感染を調べることが勧められています。(4)
 リスクの高い人(新しいパートナーができた人、複数のパートナーがいる人、男性同性愛者やコマーシャルセックスワーカー、最近性感染症に感染した人など)の場合は、同時にB型およびC型肝炎の有無も調べるとよいといわれています。(3)~(6)

[治療とケア]入院し、薬物治療を行う
[評価]☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって、症状が軽い場合には、外来治療と入院治療では治療効果に差がないことが確認されています。(7)
 しかし、以下の場合には入院治療が必要です。
 ・外科的なほかの病気が否定的できていないとき
 ・妊娠中の女性
 ・抗菌薬の内服が効かなかった場合
 ・抗菌薬の内服ができない場合
 ・悪心(おしん)、嘔吐(おうと)や高熱を伴うとき
 ・卵管卵巣膿瘍(卵管に膿がたまること)が疑われるときや認められるとき

[治療とケア]抗菌薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] いろいろな菌による混合感染であることも多く、抗菌薬の併用が勧められています。
 非常に信頼性の高い臨床研究によって、淋菌、大腸菌やブドウ球菌に有効なセフェム系抗菌薬、マクロライド系抗菌薬のほか、クラミジアに有効なテトラサイクリン系の抗菌薬は、治癒(ちゆ)効果が高いことが確認されています。しかし、最近では、マクロライド系、ニューキノロン系に抵抗があるクラミジアや淋菌も増えており、ニューキノロン系抗菌薬の使用は勧められていません。(1)


よく使われている薬をEBMでチェック

大腸菌・ブドウ球菌、淋菌に有効な薬
[薬用途]セフェム系抗菌薬
[薬名]セフゾン(セフジニル)(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]セファメジンα(セファゾリンナトリウム)(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]セフメタゾン(セフメタゾールナトリウム)(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ロセフィン(セフトリアキソンナトリウム水和物)(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]クラフォラン/セフォタックス(セフォタキシムナトリウム)(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって、セフェム系抗菌薬の有効性が確認されています。注射薬の場合、副作用として発熱や発疹(ほっしん)、下痢をおこすことがあります。この場合、注射を中止すれば治ります。

クラミジアに有効な薬
[薬用途]テトラサイクリン系抗菌薬
[薬名]ビブラマイシン(ドキシサイクリン塩酸塩水和物)(1)(3)(5)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]ミノマイシン(ミノサイクリン塩酸塩)(1)(3)(5)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 非常に信頼性の高い臨床研究によって、テトラサイクリン系抗菌薬の有効性が確認されています。

[薬用途]マクロライド系抗菌薬
[薬名]ジスロマック(アジスロマイシン水和物)(1)(3)(5)
[評価]☆☆☆☆☆
[薬名]クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 臨床研究によって、アジスロマイシン水和物の有効性が確認されています。クラリスロマイシンは、アジスロマイシン水和物とほぼ同じ構造の薬ですので、同様の効果があると考えられますが、クラリスロマイシンについての臨床研究は見あたりません。

嫌気性菌や、トリコモナスなどに有効な薬
[薬名]アスゾール/フラジール(メトロニダゾール)(1)(3)(8)
[評価]☆☆☆
[評価のポイント] 婦人科処置後2~3週間など、嫌気性菌感染症や、トリコモナス腟炎、細菌性腟症(Gardnerella Vaginalisによる)の合併が疑われる場合に使用します。最近、骨盤内感染症にも保険適用となりました。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
原因となった菌を特定して、早期に適切な治療を行う
 これから妊娠、出産を控えている女性が骨盤内感染症を発症した場合、早期に適切な治療が行われないと、将来の不妊や子宮外妊娠の可能性が高くなります。
 したがって、治療のもっとも大切なポイントは、なるべく早くしかも感染の原因となった菌を正しく推定あるいは特定して、治療を開始することです。しかし、原因菌の特定は難しいことも多いため、セフェム系抗菌薬とテトラサイクリン系抗菌薬の両方を用いて治療することが勧められています。
 セフェム系抗菌薬は淋菌に対して、テトラサイクリン系抗菌薬はクラミジアに対して、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。
 骨盤内の感染の場合、子宮頸管の粘液、子宮内膜からの吸引液、腹腔鏡や開腹術によって採取した組織などを細菌培養して原因菌を特定することになりますが、実際には必ずしも細菌感染を確かめられるわけではなく、臨床上治療を進めるためには原因菌を予測して治療を開始します。
 そこで、治療を開始する場合には、セフェム系抗菌薬注射薬とテトラサイクリン系抗菌薬かジスロマック(アジスロマイシン水和物)の両方を使用したり、ダラシン(クリンダマイシン塩酸塩)とゲンタシン(ゲンタマイシン硫酸塩)の両方を使用し、同時に腹腔内の嫌気性菌治療のため、アスゾール/フラジール(メトロニダゾール)を併用するといった処方の組み合わせがしばしば行われます。ニューキノロン系抗菌薬は、ニューキノロン耐性の淋菌が増えたため、いまでは推奨されていませんが、上記抗菌薬にアレルギーのある人で、ニューキノロン耐性の淋菌が少ないとわかっている地域では、使われることがあります。(3)
 重症の患者さんで入院して治療を行う場合にも、原因菌が特定されなければ、同じように、複数の抗菌薬の静脈注射を行います。

クラミジアや淋菌の場合、パートナーも検査と治療を
 複数の性的パートナーがいるなど性的に活発な女性の場合、本人が定期的に検査を受け、感染を確認するのはもちろん重要なことです。
 同時に、感染の原因菌がクラミジアや淋菌である場合は、性的パートナーもかなり高い確率でそれらの感染が認められます。そこで、たとえ症状がみられなくても、性的パートナーについてもただちに適切な検査と治療を行うべきでしょう。
 アメリカのCDC(疾病管理予防センター)ではクラミジア、淋菌に感染した人のパートナーは検査をせずに治療を始めるべきとも勧めてもいます。

性交時にはコンドームを使用して予防する
 妊娠を希望しない場合は、コンドームを使うことがより確実な予防になると言われています。

(1)UpToDate PID: pathogenesis, microbiology, and risk factors /treatment/Clinical manifectations and diagnosis.
(2)Gottlieb, Sami L., Fujie Xu, and Robert C. Brunham. Screening and treating Chlamydia trachomatis genital infection to prevent pelvic inflammatory disease: interpretation of findings from randomized controlled trials. Sexually transmitted diseases 40.2 (2013): 97-102.
(3)CDC guideline PID. http://www.cdc.gov/std/tg2015/pid.htm
(4)日本産科婦人科学会, 日本産婦人科医会. 産婦人科診療ガイドライン-婦人科外来編2014. 日本産科婦人科学会事務局. 2014.
(5)CDC STD treatment guidelines, screening recommendations. http://www.cdc.gov/std/tg2015/screening-recommendations.htm
(6)Screening for Chlamydia and Gonorrhea: U.S. Preventive Services Task Force Recommendation Statement. Annals of internal medicine. Sep 23 2014.
(7)Ness RB, Soper DE, Holley RL, et al. Effectiveness of inpatient and outpatient treatment strategies for women with pelvic inflammatory disease: Results from the pelvic inflammatory disease evaluation and clinical health (PEACH) randomized trial. Am J Obstet Gynecol. 2002;186:929-937.
(8)Walker CK, Wiesenfeld H. Antibiotic Therapy for Acute Pelvic Inflammatory Disease: The 2006 Centers for Disease Control and Prevention Sexually Transmitted Diseases Treatment Guidelines. Clin Infect Dis 2007;28(Supp 1):S29-S36.

出典 法研「EBM 正しい治療がわかる本」EBM 正しい治療がわかる本について 情報

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