急性虫垂炎

内科学 第10版 「急性虫垂炎」の解説

急性虫垂炎(腸疾患)

概念
 虫垂は盲腸に連続し,右腸骨窩に位置する管腔臓器で,消化管の中で最もリンパ組織が発達した臓器である.長さには個人差があり,欧米の文献では7~12 cmとされ,日本人はやや短く5~7 cmとされる.急性虫垂炎は10~20歳代に多く,小児や高齢者には少ない.小児例では大網が未発達のため,半数が汎発性腹膜炎を併発しているとされ,高齢者では他覚所見に乏しいために重篤化しやすく,注意が必要である.近年,わが国では食生活の変化,あるいは画像診断の進歩による診断例と手術例の減少と発症年齢の低下がみられるとの報告もある(三橋,2008).
病因
 虫垂内腔の閉塞が病因とされる.その原因としては,細菌感染,ウイルス感染,アレルギー,糞石,果実の種子,寄生虫,腫瘍,過度の食事摂取による腸管内圧の上昇などが考えられている.虫垂の閉塞により内腔圧が上昇し,血流障害が起こり,さらに細菌感染が起こるとされる.この過程が緩徐に起こった場合は盲腸や回腸末端,大網などにより被包化された膿瘍を形成し,血流障害が急速に起こった場合には,穿孔から汎発性腹膜炎を生じる.
分類
1)カタル性虫垂炎(appendicitis cat­arrhalis):
炎症が粘膜から粘膜下層に限局しており,虫垂が腫大し,充血した状態.
2)蜂窩織炎性虫垂炎(appendicitis phlegmonosa):
炎症は全層性に広がり,虫垂内腔や表面に膿を認める状態.
3)壊疽性虫垂炎(appendicitis gangrenosa):
炎症は全層性で,内腔には膿性滲出液が貯留した状態で,虫垂壁には壊死や穿孔が認められる場合がある.
診断
1)症状:
腹痛は必発で,はじめは心窩部痛,あるいは臍周囲痛として起こり,数時間後には右下腹部へ痛みが移動する.また,食欲不振,悪心・嘔吐もみられる.重症度に応じて,圧痛や右下腹部の反跳痛,筋性防御などの腹膜刺激症状が認められる.さらには回盲部へ炎症が波及すると,麻痺性イレウスとなり,排ガスの停止や腹部膨満を認める.骨盤内膿瘍を形成した場合には下痢をきたすこともある.炎症の程度に応じて,発熱をきたす.
2)身体所見:
a)圧痛:右下腹部の限局性の圧痛が特徴的である.古典的には,次のような圧痛点(図8-5-34)が知られているが,画像診断の進歩に伴い,以前ほど臨床上は重要視されていない. ①McBurney圧痛点:臍と右上前腸骨棘から外側1/3の点,②Monro圧痛点:臍と右上前腸骨棘を結ぶ線と腹直筋外縁の交点,③Lanz圧痛点:左右の上前腸骨棘を結ぶ線の右1/3の点,④Kümmell圧痛点:臍直下,あるいは右下1~2 cmの点,⑤Clado-Sonnenberg圧痛点:左右の上前腸骨棘を結ぶ線と腹直筋外縁の交点,Rapp四角形(正中線,右鼠径靱帯,臍を通る水平線,右上前腸骨棘を通る垂直線に囲まれた四角形)内に圧痛点があるとされる.
b)Blumberg徴候:右下腹部を圧迫し,急に圧を除くと痛みが増強する.反跳痛ともよぶ. c)Rosenstein徴候:左側臥位で圧痛部を圧迫すると,仰臥位よりも痛みが増強する. d)Rovsing徴候:左下腹部を圧迫すると,回盲部に疼痛を感じる.これは左下腹部の圧迫により結腸ガスが右に移動して,回盲部の内圧が上がるためとされる. e)heel-drop jarring test:つま先立ちから急に踵から足をつくと,右下腹部に痛みを感じる. f)筋性防御:炎症が腹膜に及ぶと,腹壁が硬くなる.手術適応の目安となる所見である.
g)腸腰筋症状:右股関節の受動進展により起こる腸腰筋伸展による痛みの増強をいう. h)内転筋痛:下肢を屈曲した状態で受動的内転により生じる痛みを指す. i)直腸診:骨盤内に炎症が波及していれば,直腸前壁に圧痛を認める.
3)検査所見:
a)血算:左方移動を伴う白血球増加を認める.CRPの上昇は白血球の上昇より遅れて出現するが,発症12時間を経過しても正常であれば,虫垂炎である可能性は低い.
b)検尿:尿管結石との鑑別診断に有用である.通常は正常であるが,炎症が右尿管や膀胱に及んだ場合には顕微鏡的膿尿や血尿を認める場合もある. c)腹部単純X線検査:右下腹部の腸管ガス像,糞石の存在は虫垂炎を示唆する所見である.虫垂の炎症が後腹膜に及ぶと右腸腰筋影が不明瞭となる.汎発性腹膜炎による麻痺性イレウス,穿孔による遊離ガス像を認める場合もある. d)腹部超音波検査:被曝がなく,小児や妊婦にも行える点ですぐれているが,術者の技量に左右される.虫垂は盲腸から連続する蠕動のない管腔として描出されるが,腸管内ガスの多い症例では虫垂の描出が困難で,客観性や再現性は高くない. e)腹部CT検査:腸管内ガスの影響を受けずに,客観的な評価が可能で最も有用な検査とされる.特徴的な所見としては,虫垂の腫大,虫垂壁の肥厚,周囲脂肪織のCT値の上昇,腹水の存在があげられる.
鑑別診断
 右下腹部痛をきたすすべての疾患との鑑別は困難な場合がある.鑑別すべき疾患としては,大腸憩室炎,急性胃腸炎,腸間膜リンパ節炎,尿管結石,卵巣囊腫卵管炎,卵巣出血,子宮外妊娠,卵巣出血,卵巣腫瘍茎捻転骨盤腹膜炎などの頻度が高い.実際,盲腸憩室炎や右卵管炎と虫垂炎の鑑別は画像診断を用いても困難な場合がある.Meckel憩室炎,炎症性腸疾患,大腸癌,腸重積,十二指腸潰瘍穿孔,胆囊炎なども重要である.
治療
 虫垂炎は絶食と抗菌薬による保存的治療と手術のいずれかを臨床所見や検査所見によって選択する.一般には炎症所見が軽度の場合や確定診断が困難な場合には,抗菌薬を投与し,改善しない場合は手術を行う.手術術式は,以前は腰椎麻酔下で虫垂切除術を行っていたが,近年では全身麻酔下に腹腔鏡下虫垂切除術が行われる場合が多い.盲腸に炎症が波及している場合には回盲部切除術が行われる.虫垂周囲の炎症が高度で遺残膿瘍が危惧される場合はドレーンが留置される.また,最近では抗菌薬による保存的治療を行って炎症を消退させた後に手術を行うinterval appendectomy(間欠的虫垂切除術)も行われている.この方法は小児外科領域で行われることが多く,遺残膿瘍や創感染,さらには術後の腸閉塞の低減が期待でき,結果として入院期間が短縮するとされる(Bagiら,1987).[遠藤俊吾・冨樫一智]
■文献
Bagi P, Dueholm S: Nonoperative management of the ultrasonically evaluated appendiceal mass. Surgery, 101: 602-605,1987.
三橋武弘:急性虫垂炎手術の頻度は減少しているか―定期健康診断時の虫垂炎手術既往病歴の調査から―.日臨外会誌,69:1003-1008,2008.

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EBM 正しい治療がわかる本 「急性虫垂炎」の解説

急性虫垂炎

どんな病気でしょうか?

●おもな症状と経過
 大腸(だいちょう)の入口部にある盲腸(もうちょう)から出ている突起物(とっきぶつ)を虫垂(ちゅうすい)といいます。長さは7~8センチメートルで、太さは鉛筆程度です。虫垂で炎症がおこると上腹部の不快感・鈍痛に始まり、次第に右下腹部がずきずきと痛むようになります。とくに、「マクバーニーの圧痛点」と呼ばれる部分を押すと痛みます。これはへそと右腰骨の飛びだした部分を線で結び、右下から3分の1の部分のところです。痛みは持続し、時間の経過とともに強くなっていきます。
 37~38度の発熱があり、食欲不振・便秘吐き気・嘔吐(おうと)といった症状もみられます。白血球の増加も特徴です。放置すると虫垂壁に穴があき、腹膜炎(ふくまくえん)をおこすことがあります。子どもの場合は、虫垂炎の症状がでてから比較的短時間で虫垂壁に穴があいてしまうので注意が必要です。

●病気の原因や症状がおこってくるしくみ
 俗に盲腸炎とも呼ばれますが、炎症部分はあくまで虫垂です。虫垂の内部が便や粘液などなんらかの原因でつまり、血行障害をおこしたところに細菌やウイルスが侵入して炎症をおこすと考えられています。
 暴飲暴食や便秘、胃腸炎、過労などが引きがねになっておこることがしばしばあります。
 なお、右下腹部の痛み以外に虫垂炎特有の症状がみられない場合、一般に慢性虫垂炎といういい方をすることがありますが、医学的な病名ではありません。腹痛が続く場合は医師の診察が必要です。

●病気の特徴
 10~20歳代の若者に比較的多く、男女差はほとんどありません。


よく行われている治療とケアをEBMでチェック

[治療とケア]抗菌薬を用いる
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 全身状態が良好で病状も軽い場合には絶食のうえ、水分・栄養の補給を目的とした点滴、抗菌薬の投与が行われます。ただし、抗菌薬の投与により改善を認めてもその後の再発が多く、長期的にみて切除術と同等の効果があるとの結論は得られていません。(1)(2)

[治療とケア]虫垂切除術(開腹手術・腹腔鏡下(ふくくうきょうか)手術)を行う
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 腰椎麻酔下で開腹し虫垂を切除する開腹虫垂切除術と、おなかに小さな穴を数カ所あけ、そこから内部を映し出すカメラや手術器具を挿入して、虫垂を切除する腹腔鏡下手術が行われます。方法の選択は患者さんの状態(全身状態、肥満、妊娠など)や、炎症をおこした虫垂の状態から判断されます。これら2つのどちらの方法が優れているかについて、非常に信頼性の高い臨床研究の結果、腹腔鏡下手術のほうが手術後の創の感染をおこす割合が低く、術後の痛みは軽く、入院日数が短いのですが、おなかのなかで膿瘍(のうよう)(膿(うみ)で満たされたしこり)を形成する割合が高く、手術時間も平均で10分程度長く、手術にかかる費用も高いという結果でした。(3)


よく使われている薬をEBMでチェック

抗菌薬
[薬名]セファメジンα(セファゾリンナトリウム)などセフェム系抗菌薬もしくはニューキノロン系抗菌薬(1)
[評価]☆☆☆☆☆
[評価のポイント] 発症から72時間以内に抗菌薬を使用した結果、手術による治療と同等の効果が得られましたが、再発率は高かったという臨床研究が報告されています。


総合的に見て現在もっとも確かな治療法
第一選択は虫垂を切除すること
 急性虫垂炎に対しては現在でも、虫垂切除術が第一に選択されるべき治療法です。
 放置した場合、虫垂壁に穴があき、膿が腹腔内にばらまかれて広い範囲の腹膜炎をおこしたり、膿のかたまりが横隔膜下や骨盤内にできたりして、死亡することさえあります。
 みぞおちから右下腹部へ移動する痛みや食欲不振、便秘、吐き気、嘔吐、発熱などの症状から早期に正しい診断を下し、ただちに外科医に連絡を取って、腹腔鏡下あるいは開腹での虫垂切除術を行う必要があります。

場合によっては、抗菌薬で経過を見守る
 全身状態が良好で病状も軽い場合は、絶食・点滴のうえ、多種類の細菌に有効な広域スペクトラム抗菌薬を静脈注射して、経過を観察します。ただし、抗菌薬のみによる治療は虫垂炎が再発する可能性が高く、改善をみたあとも注意が必要です。

術前・術後の抗菌薬投与
 手術的に虫垂を切除する場合も、その直前、直後には静脈注射で抗菌薬を投与します。
 虫垂炎が重症な場合には腹腔内に膿瘍をつくりやすいのですが、手術前後に予防的に抗菌薬を投与することで、その可能性は低くなることがわかっています。また、腹壁の手術したところに感染をおこす可能性も低くなります。

(1)Eriksson S, Granstrom L. Randomized controlled trial of appendicectomy versus antibiotic therapy for acute appendicitis. Br J Surg. 1995;82:166-169.
(2)Wilms IM, de Hoog DE, de Visser DC, et al. Appendectomy versus antibiotic treatment for acute appendicitis.Cochrane Database Syst Rev.2011;9:CD008359. doi:10.1002/14651858.CD008359.pub2.
(3)Sauerland S, Jaschinski T, Neugebauer EA.Laparoscopic versus open surgery for suspected appendicitis.Cochrane Database Syst Rev. 2010;6:CD001546. doi:10.1002/14651858.CD001546.pub3.

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六訂版 家庭医学大全科 「急性虫垂炎」の解説

急性虫垂炎
きゅうせいちゅうすいえん
Acute appendicitis
(子どもの病気)

どんな病気か

 一般には「盲腸(もうちょう)」といわれますが、医学的には急性虫垂炎が正式な病名です。大腸の盲腸という部位の下端に突出した虫垂突起の炎症で、これが「盲腸」といわれるゆえんです。

原因は何か・頻度

 発症原因にはさまざまな説がありますが不明です。小児で腹痛の原因になる外科的疾患では急性虫垂炎の頻度が最も高く、とくに6歳以下の乳幼児では診断の遅れから容易に重症になります(50~60%が穿孔性(せんこうせい)虫垂炎)。

 その原因は、乳幼児では虫垂突起の壁が薄く、いったん炎症が起きると防御機構が未発達であることから、炎症の進行が早く、容易に虫垂壁に穿孔((あな)があく)が起こり、腹膜炎(ふくまくえん)となるからです。また乳幼児は腹痛の症状、部位を的確に表現できないことも診断を難しくし、病状を進行させてしまいます。

 一方、6歳以上の腹痛は十分に患児自身が症状を表現できるので、診断は容易です。

 病理医学的に急性虫垂炎は3段階に区分できます。

①カタル性虫垂炎(抗生剤の投与で治療可能)

蜂窩織炎(ほうかしきえんせい)虫垂炎(うみが虫垂突起のなかに充満、穿孔はない、手術が不可欠)

壊疽性(えそせい)虫垂炎(虫垂組織が壊死、穿孔を認め、腹膜炎膿瘍(のうよう)を伴い、手術が不可欠)

 診断が遅れても、②の段階で手術をすることが術後の経過において重要です。

症状の現れ方

 腹痛、嘔吐、発熱が3大症状です。多くの場合、はじめに上腹部痛が現れます。痛みは時間とともに右下腹部痛となり、この経過中に嘔吐がみられます。はじめのうちは発熱はありませんが、経時的に37.5℃前後の微熱~軽度発熱が現れます。炎症性疾患なので必ず発熱を伴います。

 炎症が進行すると、右下腹部痛は万力で絞めつけられるような腹痛へと変化します。消化器疾患なので、食欲が低下します。嘔吐は、虫垂炎の進行で腹膜が刺激されて現れます。

検査と診断

 発症から約12時間を経過すると、血液検査で白血球数が増え、炎症反応(CRP)が陽性となります。診断には腹部触診(医師が手で腹部を圧迫する検査)、直腸診(肛門から指を挿入して炎症の進行程度を診断する)が最も重要で、この検査で緊急手術をすべきかどうかの診断が決まります。乳幼児では小児外科専門医による診断が必要です。

 この触診時に、6歳以下の乳幼児では、泣いたり動いたりして十分な協力が得られないことが多く、診断できないことがあります。こうした場合には、超音波検査または造影CT検査で急性虫垂炎の診断を行います。

治療の方法

 外科的に開腹し虫垂切除をします。最近は腹腔鏡下虫垂切除術もかなり行われています。強い腹膜炎がない場合は、手術後24時間経過し排ガスがあれば、食べ物の経口摂取が可能になります。数日間点滴を行い、抗生剤を投与します。

 しかし壊疽性虫垂炎となって腹膜炎を併発し、腹腔内にうみがたまり、腹腔外に誘導するチューブを留置した場合は、長期の点滴、抗生剤の投与が必要です。もちろん経口栄養摂取はできません。入院が1カ月以上になることもあります。

藤原 利男

出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

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