高福寺跡(読み)こうふくじあと

日本歴史地名大系 「高福寺跡」の解説

高福寺跡
こうふくじあと

[現在地名]美作町上相 間山

上相かみやの北西部、間山はしたやまにあった寺跡。「東作誌」によれば間山と号し、古くは天台・法相・倶舎・成実の四宗を兼ねていたが、のち真言宗に転じたという。遺構は標高二七〇メートルの地にあり、本格的な調査は行われていないが、境内は一二七メートル×九六メートルと推定される。関連する建造物や自然地形で確認できるのは、薬師堂・弁財天鐘撞堂・妙見社・山王宮・男女岩・九十九谷・硯岩など。当地出土と推定される延久三年(一〇七一)七月一六日銘の瓦経に「美州勝北高福寺」と刻まれる。


高福寺跡
こうふくじあと

[現在地名]高岡町内山

あまじよう山の南東麓にあった真言宗の寺。宝珠山感徳院と号し、本尊薬師如来。慶長五年(一六〇〇)高岡を外城に取立てた時、同郷祈願所として創建された。開山は頼永、当初は長福ちようふく寺と称した。ただし薬師堂にある本尊薬師如来は当寺創建以前より安置されていたという(高岡名勝志)。慶長一九年内山うちやま村五〇石余を寺領として宛行われた(「町田久幸外三名連署知行目録」旧記雑録)。同年の高岡支配所名寄帳抄(同書)ではこの寺領は内山村内山之門にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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