鶴岡八幡神社(読み)つるがおかはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「鶴岡八幡神社」の解説

鶴岡八幡神社
つるがおかはちまんじんじや

[現在地名]豊松村下豊松 中筋谷

山(ふたごやま)古墳のある山公園に接して鎮座。所在地を和部山(わべやま)といい、古くからの霊地であったと伝える。社叢は県指定天然記念物。祭神は神功皇后以下四〇柱に及ぶ。旧村社。社伝は、山古墳を息長日子王の墓として尊崇し、これを天神とあがめていたが、のちに王の子孫を併せ祀り高神と称し氏神として信仰したのに始まるといい、平安後期に米見(よなみ)山にあった鶴岡八幡宮を当地に移し、在来の天神崇拝と併せて氏神としての八幡社を創建したと伝える。元永二年(一一一九)以降、当社は豊松庄・日野(ひの)庄・日谷(ひだに)庄・篠尾(ささお)庄、只原(ただばら)庄・油木(ゆき)庄・花済(はなずみ)庄(現油木町)、川手(かわて)庄(現岡山県後月郡芳井町)の八ヵ庄の総氏神となり、各地の社家が神職共同体としての注連幣下(しめした)を組織し、注連頭を当社の神職翁氏が勤めていた。


鶴岡八幡神社
つるおかはちまんじんじや

[現在地名]東予市北条 五反地

国鉄予讃本線壬生川(にゆうがわ)駅より東方一キロ、崩口(くえくち)川の右岸にある。祭神は誉田別命・気長足姫命・武内宿禰・鶴滝姫・伊予姫ほか二柱。旧郷社。

貞観二年(八六〇)の創立と伝えられる。康平年間(一〇五八―六五)伊予守源頼義が鶴田(つるた)二〇〇貫の地を寄付したという。社名も鎌倉の八幡宮にちなむものであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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