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黄道周

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美術人名辞典の解説

黄道周

明末の烈士。字は幼玄、号は石斎・蟠若等。諡は忠烈、のち忠端と称する。天啓2年(1623)進士。福王に召され礼部尚書に、唐王に従って武英殿大学士を拝する。遺民精神に貫かれ、詩文書画に巧みで、書は隷・草に一家をなし、画は書法的筆法と簡略体による、個性的表現を行った。著に『曹遠思推府文治論』『山中雑詠』等。順治3年(1646)歿、61才。

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百科事典マイペディアの解説

黄道周【こうどうしゅう】

中国,明末の政治家,画家。字は幼元など。号は石斎。史・兵・礼の3部の尚書を務め,諸学に通じた学者として知られたが,明朝滅亡後,清に抵抗し捕らえられて死んだ。白描風の松石図を好んで描き,磊落(らいらく)で格調高い画風は当時の文人画に新風を吹き込んだ。
→関連項目倪元【ろ】

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世界大百科事典 第2版の解説

こうどうしゅう【黄道周 Huáng Dào zhōu】

1585‐1646
中国,明末の書家,文人画家。字は幼元,号は石斎,福建省漳浦の人。天啓2年(1622)の進士で,少詹事となり,明が滅ぶや,福王,唐王を擁立して明室の回復に努めたが,清軍に捕らえられ殺された。文章,書画にすぐれ,倪元璐(げいげんろ)とともに明末烈士の画家として知られ,山水,蔬菜,松石をかいた。代表作は《松石図巻》(大阪市立美術館),また《易象正義》《黄石斎集》などの著がある。【曾布川 寛】

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

黄道周
こうどうしゅう
Huang Dao-zhou; Huang Tao-chou

[生]万暦13(1585)
[没]紹武1(1646)
中国,末の忠臣。 漳浦 (福建省 漳浦県) の人。字は幼平。天啓2 (1622) 年の進士。崇禎 17 (44) 年明が滅び,南京に福王が立つと礼部尚書として新帝を助けた。福王が清軍に捕えられると,次いで唐王を奉じ,武英殿大学士として明室の回復に努め,みずから江南方面におもむいたが清軍と戦って敗れ,捕われて没した。

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