黒正巌(読み)コクショウ イワオ

20世紀日本人名事典 「黒正巌」の解説

黒正 巌
コクショウ イワオ

大正・昭和期の歴史学者 京都帝大教授



生年
明治28(1895)年1月2日

没年
昭和24(1949)年9月3日

出生地
岡山県上道郡可知村(現・岡山市)

旧姓(旧名)
中山

学歴〔年〕
京都帝大経済学部〔大正9年〕卒

学位〔年〕
経済学博士(京都帝大)〔昭和4年〕

経歴
大学院に進み大正11年京都帝大講師、15年教授。その後、六高校長、昭和学園理事長、大阪経済大学学長、岡山大学教授などを歴任。また社会経済史学会理事、昭和8年日本経済史研究所を設立して理事を務めた。24年日本学術会議議員。著書に「百姓一揆の研究」「農業共産制史論」「経済史論考」「封建社会統制闘争」「マックスウェーバー社会経済史原論」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「黒正巌」の意味・わかりやすい解説

黒正巌 (こくしょういわお)
生没年:1895-1949(明治28-昭和24)

農業史家,農村社会史学者。岡山県生れ。京大経済学部卒業。1922年京大講師,26年教授。以後,昭和学園理事,六高校長,大阪経済大学学長,岡山大学教授を歴任。第2次大戦前の社会経済史学の一水準を達成した。実証主義的な学風とM.ウェーバーの社会経済史を日本に紹介するとともに,全国的な史料収集に基づく百姓一揆の研究で知られた。著書に《百姓一揆の研究》(1928)などがある。
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「黒正巌」の解説

黒正巌 こくしょう-いわお

1895-1949 大正-昭和時代の経済史学者。
明治28年1月2日生まれ。大正15年母校京都帝大の教授となる。昭和8年私財で日本経済史研究所を設立。のち六高(現岡山大)校長や岡山大学長をつとめた。昭和24年9月3日死去。55歳。岡山県出身。旧姓は中山。著作に「百姓一揆の研究」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「黒正巌」の解説

黒正 巌 (こくしょう いわお)

生年月日:1895年1月2日
大正時代;昭和時代の経済史学者。京都帝国大学教授
1949年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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