鼠経(読み)ねずみきょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「鼠経」の意味・わかりやすい解説

鼠経
ねずみきょう

昔話。偶然、幸せを得ることを主題にした笑い話。爺(じじ)に死なれ、婆(ばば)は仏参りばかりしている。旅の僧が宿を請う。婆は喜んで経をあげてくれと頼む。僧は経文(きょうもん)を知らない。ネズミが出てきたので、そのネズミのようすを描写し、経文のように唱える。「おんちょろちょろ出てこられ候」「おんちょろちょろ穴のぞき」「おんちょろちょろなにやらささやき申され候」「おんちょろちょろ出て行かれ候」という。婆はその後、この経文をいつも唱えている。ある晩、盗人が入るが、この経文を聞いて、婆が後ろ向きなのに盗人の動きをなにもかも見透かしていると思い、驚いて逃げ去る。旅僧や座頭のような半僧半俗の遊芸人などによって語り広められたものであろう。

 前半の部分だけ独立して、経文を知らない僧が、目前に見える物を経文らしく唱える「にわか和尚(おしょう)」としても知られており、その類話は江戸初期の咄本(はなしぼん)『醒睡笑(せいすいしょう)』にもある。落語の「鳥屋(とや)坊主」(東京は「万金丹」)も「にわか和尚」の一例で、これには偽(にせ)経文の趣向のほか、売薬の袋の文字を切り取って戒名として渡す段がつき、きめ細かい語りになっている。また「後生(ごしょう)を買う」のように、後生を願うために経文を買いに行き、でたらめな文句を教わるが、そのことばのおかげで盗人が逃げ去るという話もある。この類話は朝鮮にもあり、経文を100両で買ってきた話を下男がしているのを盗人が聞き、自分のことが知れていると思って逃げたという。中国にも、強盗に入ろうとすると、夫婦が強盗を引き合いに出した話をしているので、あきらめるという話がある。意外なことばが盗賊を撃退する話は、インド、インドネシアのほか、ヨーロッパにもある。

[小島瓔

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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