笑いをおこさせることを目的とした主題で構成されている説話の総称。本格昔話(狭義の昔話)や動物昔話とともに、昔話の三大分類の一つとされる。単純で思い付き的な洒落(しゃれ)も笑いを求める趣向であるが、それ自体は談話であり、説話ではない。その場面を第三者として報告すると説話になる。「一口話」あるいは「軽口話」がそれである。「笑い話」は、笑いの場面に発端と結末をつけて、説話の形態に整えている。「笑い話」の笑いの趣向は、登場人物の能力や性格の特徴から生まれる。それは人間だれでもがもっている一面を大きく誇張拡大したもので、多くの人の共感をよぶ。「笑い話」に登場するのは、どこにでもいそうでありながら、現実にはいないという、抽象化された人物像である。「笑い話」の笑いの明るさの本質はそこにある。「笑い話」の主題は、主人公の人物像の特徴から分類できる。第一に、知恵の特別な働きにより成功する利口者の話がある。その一つは、「見透(みとお)しの六平(ろくべい)」のように、積極的に他人をだまして利益を得る、ずる賢い人の話である。全体に類話が外国にもある類型が多い。馬の尻(しり)に金貨・銀貨を入れておき、金銀を生む馬だといって高く売る「金ひり馬」も、古くは『醒睡笑(せいすいしょう)』(1623)にみえ、朝鮮、中国、インドネシア、インドから、西アジアを経てヨーロッパに広く知られている。また、知恵を武器として相手をやりこめる頓智(とんち)話も多い。「金の茄子(なす)」や「和尚(おしょう)と小僧」はその典型である。この中間に、相手をだましてやりこめる、おどけ者話がある。薪(たきぎ)を買うといって狭い門を通らせ、折れて落ちた薪を集めて使う「薪を買う」など、ささやかな策略を主題にした笑い話で、この種の類話も、朝鮮、中国をはじめ、アジア、ヨーロッパにもある。ずる賢い人が失敗する話もある。また性的な話題を主題にした話も、おどけ者話の範疇(はんちゅう)に属するものが少なくない。
第二に、愚か者が失敗する馬鹿(ばか)者話がある。その一つが、「馬鹿聟(むこ)」のような判断力の欠如による失敗である。動くもの、なくなるものを目印にする「犬の目印」「唾(つば)の目印」は、落語の「いらちの愛宕参(あたごまい)り」のほか、『醒睡笑』以下の江戸時代の咄本(はなしぼん)などにあり、中国では『呂氏(りょし)春秋』(前3世紀)に、船から川に剣を落とした人が船べりに印をつける話としてみえ、インドでは『カター・サリット・サーガラ』にある。類話はインド、インドネシアにあり、ヨーロッパにも多い。「旅学問」のような知識の欠如も、馬鹿者話の特色である。新製品に対する無知も、世界的にこの類型群の主題になっているが、古風なものには、鯛(たい)を畑に埋め、ウジがわくと芽が出たといって喜ぶ「鯛の芽」のように、物の本質に対する無知を笑う話がある。これも類話はアジア、ヨーロッパにある。性格的な欠陥も笑いの対象になる。「粗相惣兵衛(そそうそうべえ)」など、あわて者話は落語にも多い。怠け者話では「2人の不精者(ぶしょうもの)」がある。極端な不精者の話で、『鳥の町』(1776)などの咄本や落語の「不精の代参」があり、類話はやはりアジア、ヨーロッパに多い。
第三に、空想的な誇張話がある。誇張のおもしろさを主題にしたのが「大話(おおばなし)」である。「源五郎の天昇り」や「鴨取権兵衛(かもとりごんべえ)」がその典型で、類話はアジア、ヨーロッパにある。ビュルガーによって文学的に完成された『ほらふき男爵の冒険』も、この種の「大話」に多くの素材を得ている。「鼠経(ねずみきょう)」などは偶然のおもしろさをねらっている。「笑い話」は「化け物話」とともに、「世間話」化しやすい。一群の馬鹿者話が実在の村の人の実話として語られる「愚か村話」は、日本には多い。ほぼ県に一か所程度のわりで分布する。東京都には「檜原者(ひのはらもん)話」がある。その伝統は古く、古代中国では、宋(そう)の人が馬鹿者として語られた。宋の人が、苗が早く伸びるように、苗を引っ張ったため枯れたという『孟子(もうし)』の話は、その一例である。ヨーロッパでもイギリスの「ゴーサムの人々」、デンマークの「モルボの馬鹿」などが知られている。また、利口者と馬鹿者を兼ねたおどけ者の話が、実在の人物の事跡として語られている例も多い。神奈川県の「七沢久助(ならさわきゅうすけ)」のように主人公が奉公人である場合と、沖縄県の「渡嘉敷親雲上(とかしきペークー)」のように殿様に仕える御伽(おとぎ)衆の類の人物である場合とに大別できる。神奈川県の「須賀(すか)の素頓狂(すっとんきょう)」は、「一口話」が日常生活に生きている珍しい「おどけ村話」の例である。文学では、個人を主人公にしたおどけ者話は、古くは平貞文(さだふみ)を描く『平中(へいちゅう)物語』(900年代後半)があり、本格的には、『一休咄(ばなし)』(1668)などの一休宗純の話や『曽呂利(そろり)狂歌咄』などの曽呂利新左衛門の話がある。似た例は朝鮮や中国にもあるが、とくにトルコの「ナスレッティン・ホジャ物語」は著名である。
本格昔話にも笑いの要素は含まれている。「隣の爺(じじ)」型や「継子(ままこ)話」で悪い爺や実の娘がまねをして失敗するのは、馬鹿者話の型である。「一寸法師」の末尾が「隣の爺」型に変化している例があるように、本格昔話が「笑い話」化する傾向もある。しかし、日本の「笑い話」の諸類型の類話の展開からもわかるように、「笑い話」には独自の歴史があり、世界の諸民族に分布していて、古い人類文化の一つと考えられる。日本の文学でも笑いの要素は古い。平安初期の『土佐日記』『伊勢(いせ)物語』など物語文学にも、笑いを誘う描写が付加されている。平安後期の『今昔物語集』には、おかしみを主題にした説話がはっきりと現れ、それは後続の説話集に引き継がれている。口承の「笑い話」と同質の説話がまとまって登場するのは、無住(むじゅう)法師の『沙石(しゃせき)集』や『雑談(ぞうたん)集』あたりからである。このころ寺僧の説経の素材に用いられた「笑い話」などの昔話は、そのまま後世まで続いているものが多い。能狂言には、「笑い話」を対話劇として演出した形のものが少なくない。室町時代、貴人の話相手をする御伽衆などの職が栄え、広義の「笑い話」を多く含んだ咄の文学の発達を促した。『醒睡笑』をはじめ、江戸時代を通じて多数の咄本が生まれた背後には、咄を語ることを職業とする咄家の活動があった。後世の落語家はその末流である。また「平曲」を表芸とした琵琶(びわ)法師(通称座頭(ざとう))も、「笑い話」の語り手であった。昔話に座頭が登場するのは、座頭がその話の管理者であったからである。こうした職業的な語り手は、自ら笑われる立場になって、笑いを演じることも多かった。
[小島瓔]
笑いを目的にする話。本格昔話,動物昔話とともに昔話の一ジャンルをなす。本格昔話や動物昔話は,そこに展開される筋や内容自体に目的があり,かつ存在理由がある。これに対し笑い話は笑いそのものに最終目標がある。笑いを得られない笑い話はすでに笑い話としては成立しない。ここに他の昔話に比較して,笑い話の特性が認められる。結果からして,笑い話はつねに内容と目的と機能とが一致していると称してよい。こうしたありようからしても,いったいに笑い話は信仰にかかわらない。本格昔話や動物昔話は,多少の差異は存するものの,いずれも古い信仰の残滓を擁している。笑い話には信仰は付与されない。伝説に笑い話がないことを考慮すると,そのときに笑い話の特色はおのずから明らかになってくる。内容と機能とが一致しているがために,笑い話は原則として単純形式である。複雑な構成や形式は,機能を弱めることはあっても,強めることはない。したがって笑い話は常時,単一モティーフである。
現在に至るまで,笑い話の位置づけ,ならびに笑い話に対する評価は,おおよそこのようになされてきた。いずれもその属性に注目しての結果である。たとえば,柳田国男は笑い話を〈大話〉〈真似そこない〉〈おろか村話〉に分類,整理した。昔話に向ける柳田の基本的な認識は,神話をその祖型に見立てている。したがって,次いで伝説,昔話の順に位置するわけで,それからして笑い話は最も零落したものとして評価されていた。《日本昔話名彙》における柳田の整理はこうした昔話観によった。これに対して,関敬吾は《日本昔話大成》において,笑い話を〈愚人譚〉〈誇張譚〉〈巧智譚〉〈狡猾者譚〉〈形式譚〉に分類,整理した。モティーフとタイプにもとづいて位置づけたものである。
一方,実際に日本に行われる笑い話は地域ごとにしばしば,特定の主人公を中心に生成されている場合が多い。主人公の行為,行動を笑いの対象にする。肥後の彦市,豊後の吉四六(きつちよむ)は,〈彦市話〉〈吉四六話〉として早くから知られてきた。その後,調査が進むにつれて各地に同じような話とその主人公たちの存在するのが明らかになってきた。たとえば,北海道の道南と下北半島を中心に〈江刺の繁次郎(しげじろう)〉がいる。山形県の庄内には〈かわじの兄(あに)ま〉,置賜地方には〈稲場平次〉。関東には下総に〈印内の重右衛門〉。中部地方には能登の〈引砂の三右衛門(さんによもん)〉。中国地方には,古くから著名な〈彦八〉,さらに中国山地の〈越原左衛門(おつぱらざえもん)〉。四国には高知県下の〈窪川の万六(まんろく)〉〈中村の泰作〉。九州には大分の〈中津吉伍〉,佐賀の〈唐津勘右衛門(かんね)〉,宮崎の〈跡江の半(はん)ぴ〉。鹿児島には〈日当山の侏儒(しゆじゆ)どん〉そして沖縄には〈那覇のモーイ〉といった具合である。これらはいずれも,土地土地にはぐくまれた〈笑い話群〉ともいえるものであって,土着性が強く,またそれぞれの人物造型に土地人の心意が反映していて独自の〈郷土の笑い〉が強調されている。
執筆者:野村 純一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…土着の〈世間話〉とでも称せようか。それとともに,土地によっては新しい事物との遭遇,邂逅によって生じた〈笑い話〉もしばしば〈世間話〉としてとりざたされていた。電灯にはじめて接した村人が,これを吹き消そうとして汗を流したり,セッケンを知らずに食べて口から泡を吹いたり,電柱に登って頼信紙を結び付けた,といった類の話は文化の落差から広くに生じた一群の〈世間話〉であった。…
…民間説話,あるいは口承文芸の一類。
【日本の昔話】
冒頭に〈むかし〉とか〈むかしむかし〉という句を置いて語りはじめる口頭の伝承で,土地によってはムカシあるいはムカシコと称される。
[昔話の概念]
昔話は伝説や世間話とともに民間に行われる代表的な口頭伝承の一つである。これを始めるに際しては,必ず〈むかし〉とか〈むかしむかし〉の発語があり,またこれの完結に当たっては〈どっとはらい〉とか〈いっちご・さっけ〉あるいは〈しゃみしゃっきり〉といった類の特定の結語を置いた。…
※「笑い話」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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