龍角寺廃寺(読み)りゆうかくじはいじ

日本歴史地名大系 「龍角寺廃寺」の解説

龍角寺廃寺
りゆうかくじはいじ

[現在地名]栄町龍角寺

利根川と印旛沼の合流点近くの台地に所在し、埴生はにゆう郡衙にかかわると想定される古代寺院跡。天竺山龍角寺境内に寺跡が想定され、過去数回の発掘調査の結果、金堂講堂、塔(三重塔に推定、国指定史跡)、掘立柱建物の遺構が確認されている。境内南側には八脚門となる南大門の礎石が残り、塔跡には心礎が残る。なお鴟尾といわれる石製品が境内に残るが信憑性は低い。堂塔の配置は塔と金堂が東西に並び、いわゆる法起寺式伽藍配置が想定されるが、塔と金堂の中間に位置するべき南大門が金堂の南側に位置し変則的な配置となる。この配置は創建期に金堂の造営が先行し、遅れて塔が造営された結果と考えられる。瓦窯は二ヵ所確認され、当廃寺北西一五〇メートルの斜面に所在する龍角寺瓦窯跡とその北側二五〇メートルの斜面に所在する五斗蒔ごとまき瓦窯跡である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む