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龍門石窟 りゅうもんせっくつ

世界の観光地名がわかる事典の解説

りゅうもんせっくつ【龍門石窟】

中国の河南(かなん)省洛陽(らくよう)(ルオヤン)の伊水河畔にある石窟寺院。敦煌(とんこう)の莫高窟(ばっこうくつ)、大同の雲崗(うんこう)石窟と並ぶ中国三大石窟の一つである。現存する石窟は1352ヵ所もあって、全長は1kmにも及ぶ。この石窟寺院の造営は494年ごろから開始され、唐時代末まで約400年にわたって続けられた。この間に彫られた仏像は、約10万体である。

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百科事典マイペディアの解説

龍門石窟【りゅうもんせっくつ】

竜門石窟

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世界遺産情報の解説

龍門石窟

龍門石窟は、洛陽市の南約12Kmの所に位置し、敦煌莫高窟や大同の雲岡石窟と並ぶ、中国三大石窟の一つです。 歴史上、洛陽はかつて後漢北魏、武周などの時代に都として栄えた場所で、東漢の時代に仏教が中国に伝わり、永平年間に中国仏教の名刹白馬寺が建てられました。 北魏の皇帝は仏教を重んじ、則天武后も仏教への信仰が厚かったため、彼らは洛陽で盛んに仏教建築を建造しました。そのうち龍門石窟は最も有名なものとなっています。内部の仏像は神々しく、表情は強さがありながら優雅。衣のヒダまではっきりと見えます。

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世界遺産詳解の解説

りゅうもんせっくつ【龍門石窟】

2000年に登録された中国の世界遺産(文化遺産)。龍門(ロンメン)石窟は、河南省洛陽市の南方約14km、伊河(伊水)の両岸の龍門山(西山)と香山(東山)にある石窟寺院。石窟の建設は、北魏の孝文帝が平城(現在の山西省大同)から洛陽に遷都した494年に、旧都の近くにある雲崗(うんこう)石窟の後を受けて、この地にも石窟や仏像が刻まれ始めたことによる。宣武帝が計画した賓陽(ひんよう)三洞のうち、実際に北魏時代に完成したのは賓陽中洞だけで賓陽南洞と北洞の完成は唐の時代の初期である。このほか蓮華洞が北魏時代のものである。薬方洞は北斉(ほくせい)から隋にかけての時期に造られた。龍門石窟の建設が最盛期を迎えるのは、唐の高宗の時代である。龍門石窟は、敦煌の莫高(ばっこう)窟、大同近郊の雲崗石窟と並び、中国三大石窟の一つに数えられている。◇英名はLongmen Grottoes

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