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OPEC おぺっく

ASCII.jpデジタル用語辞典の解説

OPEC

石油輸出国機構。中東を中心とした産油国によって、60年に設立。産油国側の利益を守る目的で、石油の生産量や価格の調整をするための役割を果たす。近年は、ロシアやメキシコの油田、北海油田といった非OPEC諸国の油田の生産量が増加している傾向もあり、その影響力は相対的に低下したといわれる。しかし最近でもOPEC加盟国の原油生産量は世界のおよそ40?50%前後を占めていることからも分かるように、世界のエネルギーバランスにおいては依然大きなウェイトを占めているといえる。加盟国は、サウジアラビア、イラン、イラク、UAE、クウェートカタールアルジェリアナイジェリアリビアインドネシアベネズエラ

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知恵蔵の解説

OPEC

石油輸出国による生産・価格カルテル。1960年、イラン、イラク、サウジアラビア、クウェート、ベネズエラの5カ国によって設立され、その後カタール、インドネシア、リビア、アラブ首長国連邦(UAE)、アルジェリア、ナイジェリアが加盟し、11カ国で構成される。設立の契機はメジャー(探鉱・開発・生産から精製・輸送・販売まで一貫操業を世界的な規模で行う国際石油資本)の一方的な価格引き下げによる石油収入減少の防止だったが、70年代には2度の石油危機を通じて価格を大幅に引き上げ、メジャーから原油の生産・価格主導権を奪回した。80年代後半には石油需要の減少・低迷と非OPEC諸国の進出で生産シェアが低下、特に86年には増産・安売りに走り、原油価格は1バレル当たり10ドル以下まで大暴落した。近年は、堅調な需要の拡大や生産能力の制約などの要因から、高値を更新している。

(飯田哲也 環境エネルギー政策研究所所長 / 2007年)

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デジタル大辞泉の解説

オペック【OPEC】[Organization of the Petroleum Exporting Countries]

Organization of the Petroleum Exporting Countries》石油輸出国機構。国際石油資本に対抗してみずからの利益を守るため、1960年にイラン・イラク・サウジアラビア・クウェート・ベネズエラの産油5か国が、石油の価格維持・生産調整などを目的として結成した国際機構。
[補説]加盟国はアラブ首長国連邦・アルジェリア・アンゴラ・イラク・イラン・エクアドル・カタール・ガボン・クウェート・サウジアラビア・ナイジェリア・ベネズエラ・リビアの13か国(2017年3月現在)。インドネシアは加盟国資格を一時停止中。

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百科事典マイペディアの解説

OPEC【オペック】

石油輸出国機構Organization of Petroleum Exporting Countriesの略称。1960年9月,バグダッドで開催のイラン,イラク,サウジアラビア,クウェート,ベネズエラの5ヵ国の産油国首脳会議で設立。
→関連項目IEAオイル・ダラー国際カルテル石油産業メジャー

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FX用語集の解説

OPEC

石油輸出国機構(Organization of the Petroleum Exporting Countries)。石油産出国の利益を守ることを目的に1960年9月14日に設立された産油国の組織で、加盟国は現在12ヶ国。本部はオーストリアのウィーンにあります。

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世界大百科事典 第2版の解説

オペック【OPEC】

Organization of Petroleum Exporting Countriesの略称。石油輸出国機構と訳される。1960年9月,イラン,イラク,サウジアラビア,クウェート,ベネズエラの5ヵ国が,イラクのバグダードで開催した会議で結成された。その後カタル(1961),インドネシア,リビア(1962),アブ・ダビー(1967。74年にアラブ首長国連邦(UAE)に委譲),アルジェリア(1969),ナイジェリア(1971),エクアドル(1973年加盟,92年脱退),ガボン(1975年加盟,96年脱退)が加盟し,現在の加盟国は11ヵ国である。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

OPEC
オーピーイーシー

石油輸出国機構」のページをご覧ください。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

OPEC
おぺっく

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世界大百科事典内のOPECの言及

【石油危機】より

…この石油づけの状況下で,石油の供給が途絶ないし量的に制限されるか,石油価格の高騰が生ずれば,経済やわれわれの生活は決定的な影響を受けざるをえない。 第1次石油危機は,1973年10月6日勃発の第4次中東戦争を契機に,OAPEC(オアペツク)が採用した石油戦略による石油の禁輸・量的制限と,OPEC(オペツク)が一方的に実施した原油価格の大幅引上げとにより発生した。まず石油供給の量的制限は,石油備蓄の放出および節約・有効利用の推進によって相殺されないかぎり,経済の実態面における生産の減少,生活水準の低下を生じさせることになる。…

【石油産業】より

…事実,埋蔵量/生産量比率は,過去毎年30年前後を保ってきている。 埋蔵量を地域別にみると,中東地域に66%,さらにOPEC(オペツク)加盟国に77%が集中している。このような石油資源賦存の偏り,とくに一部発展途上国への偏在が,後述するように1970年代以降の石油問題に大きな影響を及ぼすことになった。…

【OAPEC】より

…機構としては,総会,理事会,事務局があり,事務局はクウェート市におかれている。OPEC(オペツク)(石油輸出国機構)との関係については,全般的かつ高次元の石油政策はOPECが決定し,OAPEC加盟国はその決議に従うものと規定しており,その枠内においてアラブ産油国特有の政策の決定が行われる。 OAPECの名が世界的に広く知られるようになったのは,73年10月17日に発動した石油戦略によってである。…

【石油危機】より

…この石油づけの状況下で,石油の供給が途絶ないし量的に制限されるか,石油価格の高騰が生ずれば,経済やわれわれの生活は決定的な影響を受けざるをえない。 第1次石油危機は,1973年10月6日勃発の第4次中東戦争を契機に,OAPEC(オアペツク)が採用した石油戦略による石油の禁輸・量的制限と,OPEC(オペツク)が一方的に実施した原油価格の大幅引上げとにより発生した。まず石油供給の量的制限は,石油備蓄の放出および節約・有効利用の推進によって相殺されないかぎり,経済の実態面における生産の減少,生活水準の低下を生じさせることになる。…

【石油産業】より

…事実,埋蔵量/生産量比率は,過去毎年30年前後を保ってきている。 埋蔵量を地域別にみると,中東地域に66%,さらにOPEC(オペツク)加盟国に77%が集中している。このような石油資源賦存の偏り,とくに一部発展途上国への偏在が,後述するように1970年代以降の石油問題に大きな影響を及ぼすことになった。…

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