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石油危機 せきゆきき oil crisis

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石油危機
せきゆきき
oil crisis

1973年と 1979年に石油輸出国機構 OPEC諸国が石油価格を大幅に引き上げたことにより,世界経済全体がきたした大きな混乱をさす。オイルショック oil shockともいう。 1973年 10月の第4次中東戦争 (→十月戦争 ) を機にアラブ諸国が石油価格を4倍に引き上げたのが第1次石油危機で,石油消費国はインフレ景気後退国際収支赤字のいわゆるトリレンマに悩まされた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

石油危機

原油の供給不足と高騰による経済危毅73年の第4次中東戦争をきっかけに中東産油国が生産量を削減し、原油価格を大幅に引き上げ、先進国がマイナス成長を強いられた。78~82年にはイラン革命イラン・イラク戦争により、再び石油の供給危機が生じた。これを第2次石油危機と呼び、73~74年のパニックを第1次石油危機と呼ぶようになった。

(2008-06-08 朝日新聞 朝刊 1総合)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

せきゆ‐きき【石油危機】

オイルショック

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百科事典マイペディアの解説

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世界大百科事典 第2版の解説

せきゆきき【石油危機】

経済を人間の体にたとえれば,エネルギー資源は体内を流れる血液のように必要不可欠である。第2次大戦後とくに1960年代に入って,石炭から石油への転換が進み,67年には石炭をしのいで一次エネルギー源の第1位を石油が占めるようになった。第1次石油危機(石油ショック,オイル・ショックともいう)が発生した73年には,世界の一次エネルギー消費に占める石油のシェアは47%強,西側先進国では53%強,日本では77%強となっていた。

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大辞林 第三版の解説

せきゆきき【石油危機】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石油危機
せきゆきき

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世界大百科事典内の石油危機の言及

【エネルギー革命】より

…しかし,70年代に入ると,産油国の資源ナショナリズムが高揚し,産油国が生産量や価格をコントロールしはじめた。そして73年10月,第4次中東戦争をきっかけとした第1次石油危機および78年のイラン革命に端を発する第2次石油危機により,原油価格が高騰した。これは,エネルギー需給に大きな転換をもたらすことになった。…

【OPEC】より

…まず73年10月に,一方的に原油公示価格の70%引上げを決定し,74年1月からは,さらに131%強値上げされ,3ヵ月足らずのうちに,4倍近くにも高騰した。この結果,世界経済とくに日本を中心とする石油輸入国は,第1次石油危機に苦悩することとなった。 78年末からのイランの国内混乱(イスラム革命)を契機として第2次石油危機が発生して,原油の公式販売価格GSP(government sales price)(100%の事業参加や国有化がなされた結果,公示価格は意味を失う)はさらに3倍近くも値上げされ,81年11月から,標準原油のアラビアン・ライトの価格は,1バレル当り34ドルとなった。…

【高度経済成長】より

…同年12月の多国間通貨調整は,新しい為替レート下で固定相場制を復活させるかにみえたが,その2年後,73年の2~3月に起きた国際通貨不安は,ついに固定相場制を崩壊させ,世界が変動相場制へ突入した。さらに同年10月には,OAPEC(アラブ石油輸出国機構)が〈石油戦略〉を発動し,全世界に大きな衝撃を与えた(第1次石油危機)。 日本の高度成長は1960年代とともに終わった。…

【産業構造】より

…世界的なインフレの拡大によりIMF体制が崩壊,71年8月いわゆるニクソン・ショックにより,ドル防衛策が打ち出され,日本の円も73年2月ついに固定相場制から変動相場制へ移行した。続いて同年10月,第4次中東戦争を契機としておこった第1次石油危機により,原油の公示価格が一挙に4倍となり,1970年からの値上げを加算すると70‐73年で実に8倍への引上げとなった。日本は戦後の経済発展を石炭から石油への転換によって進めて,安い石油を大量に使ってきた。…

【石油化学工業】より

…なお,石炭化学工業からはベンゼン,トルエン,キシレンなどが,電気化学工業からはアセトアルデヒド,アクリロニトリルなどが製法転換の対象となった。
[成熟期]
 30万tエチレンプラントがつぎつぎに完成した直後,1973年に第1次石油危機が発生し,日本の石油化学工業は大きな転換点を迎えた。石油価格の引上げによる石油化学製品の値上げに,日本経済の不振が加わり,石油化学製品需要が急減し,エチレン生産量は73年の411万tから75年には340万tに低下したため,石油化学企業は低操業率に苦しめられた。…

【日本資本主義】より

…日本の工業生産指数は,敗戦時の1946年に戦前(1934‐36基準)の約1/4に低下し,ドッジ・ラインの設定された49年までに約1/2に回復し,朝鮮戦争を経た51年に戦前水準を超えるに至るが,その間未曾有のインフレーションを収束し,生産復興を軌道づけた主要な契機は,第1に賃金抑制の物価体系の設定と基幹産業への重点的財政投融資およびアメリカの対日援助,第2に占領軍の対日政策の転換(1948年5月ドレーパー使節団報告)で具体化された政策(賠償緩和・集中排除緩和による日本経済自立化,対日援助打切り,均衡財政の確立,為替レート設定による貿易拡大)を強力に実施したドッジ・ライン(1949)であったが,しかしそれだけでは,すなわち第3の契機である1950年以後の朝鮮戦争ブームがなければ日本の急速な経済復興はありえなかった。【大石 嘉一郎】
【高度経済成長期】
 朝鮮戦争による特需景気で戦前水準を回復した日本経済は,1955年から73年の石油危機の勃発まで,20年近くにわたってめざましい高度経済成長を実現した。この間1957年,62年,65年,71年と数年おきに経験した景気後退期にも成長率はプラスを維持し,年平均の実質GNP成長率は約10%と,世界史的にも未曾有の高成長をなしとげたのである。…

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