ACミラン(読み)えーしーみらん(その他表記)Milan Associazione Calcio

共同通信ニュース用語解説 「ACミラン」の解説

ACミラン

1899年創立。イタリア1部リーグ(セリエA)18度、欧州チャンピオンズリーグでは前身大会を含め7度の優勝を誇る。ユニホームは赤と黒の縦じま。日本代表のザッケローニ監督もかつて指揮を執り、1998~99年シーズンにはセリエAを制した。主な所属選手にはイタリア代表FWバロテリやブラジル勢のカカ、ロビーニョらがいる。今季のセリエAは18試合を終えて11位。本拠地ミラノ。(共同)

更新日:

出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ACミラン」の意味・わかりやすい解説

ACミラン
えーしーみらん
Milan Associazione Calcio

イタリアのプロサッカークラブ。ホームスタジアムはミラノのジュゼッペ・メアッツァ(収容人員8万0065)。リーグ優勝14回、UEFAチャンピオンズ・リーグ優勝7回(2010年現在)。1899年、ミラン・クリケット・アンド・フットボールクラブとして設立された。1950年代にスウェーデンのグレンGunnar Gren(1920―1991)、ノルダールGunnar Nordahl(1921―1995)、リードホルムNils Liedholm(1922―2007)の「グレ・ノ・リ」トリオを得て四度のリーグ優勝を成し遂げた。1960年代には、「超頭脳」とよばれたプレーメーカー、ジャンニ・リベラGianni Rivera(1943― )の活躍で1963、1969年のヨーロッパ・チャンピオンズ・カップ(現、UEFAチャンピオンズ・リーグ)に優勝。しかし、1979~1980年シーズンで八百長試合が発覚し、二部降格となった。この低迷期にクラブ経営に乗り出したのが、後にイタリア首相にもなったシルビオ・ベルルスコーニである。監督アリゴ・サッキArrigo Sacchi(1946― )をパルマから引き抜いて、「プレッシング」の戦術スタイルを導入するとともに、ルート・フリットRuud Gulit(1962― )(グーリット)、マルコ・ファンバステンMarco Van Basten(1964― )、フランク・ライカールトFrank Rijkaard(1962― )のオランダトリオを獲得した。また、リベロとしてずぬけた才能をもつフランコ・バレージFranco Baresi(1960― )、親子二代でミランの中心選手となったパオロ・マルディーニPaolo Maldini(1968― )らも台頭し、黄金時代の幕を開けた。1980年代後半からは、リーグ優勝6回、ヨーロッパ・チャンピオンズ・カップ優勝3回と破竹勢いを示した。1997年にクラブの象徴的存在だったバレージが引退し、チームもかつての力を失ったが、ウクライナ代表のアンドリー・シェフチェンコAndriy Shevchenko(1976― )、ポルトガル代表のルイ・コスタManuel Rui Costa(1972― )らのスタープレーヤーを獲得、つねにイタリアのトップチームの一角を占める。2006年、イタリアの有力サッカークラブの関係者が、セリエAの審判に対して圧力をかけたサッカースキャンダル(カルチョ・スキャンダル)に絡み、勝ち点マイナスなどの処分を受けた。

[西部謙司]

その後の動き

2006~2007年シーズンでは、UEFAチャンピオンズ・リーグで4年ぶり7度目となる優勝を達成。FIFAクラブワールドカップ2007では17年ぶりに優勝している。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル大辞泉プラス 「ACミラン」の解説

ACミラン

イタリア北部の都市、ミラノを本拠地とするプロサッカーチーム。1899年創設。ホームスタジアムはスタディオ・ジュゼッペ・メアッツァ(サン・シーロ)。UEFAチャンピオンズリーグ、UEFAスーパーカップなどのヨーロッパのクラブチームによる国際大会や、クラブ世界一を決めるインターコンチネンタルカップ、トヨタカップ、FIFAクラブワールドカップでも複数回の優勝経験を持つ強豪チーム。“AC”は「アソチアツィオーネ・カルチョ(Associazione Calcio)」の略。単に「ミラン」ともする。

出典 小学館デジタル大辞泉プラスについて 情報

《「晋書」杜預伝から》竹が最初の一節を割るとあとは一気に割れるように、勢いが激しくてとどめがたいこと。「破竹の勢いで連戦連勝する」[類語]強い・強力・強大・無敵・最強・力強い・勝負強い・屈強・強豪・強...

破竹の勢いの用語解説を読む